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ずっときれいなままで
僕はきみの手の温もりをきっと忘れない…。
急に首筋に感じるあの感触。
「ひゃっ…」
思わず漏らしてしまう、驚嘆悦楽の声。
掌の冷たさの中には、きみの無邪気な温もりが感じ取れる。
そんな日々を平穏に過ごすことが僕にとって何よりのご褒美であった。
仕事がどれだけ辛くて、罵声、怒号、叱責の数々を受けたとしても、僕はきみの優しい手の中で包み込まれる安らぎの時間の中で、嫌なことを一切合切忘れることができる。
…だけど、きみは、いつの日か僕の元から去っていってしまう。
それは、期限つきの温もり?
僕が、僕がいけなかったのかな。求めるだけ求めて、きみにしてあげたことといえば、
家の中でずっとそばにいてあげたこと。
飽きてしまったのかな、閉塞的で一方的な溺愛に。
きみの声はだんだんと小さくこもるように、僕の耳元から消えていく。少しだけの反響音が脳裏に残るだけになってしまう。
きみの爪先まで綺麗に清廉された透明感ある指は、もぉ僕の頬を温かく包んではくれないことだろう。
きみに感じた鼻腔をくすぐる香りも次第に薄れてゆく。そんな虚しさに僕は耐えながら思い出を更に噛み締めていく。また、君の新しい姿を見つめ直すきっかけになるのではないかと。
僕が温もりを求める度に、きみの心情は妙に赤黒く変色していった。
初めて会った時に感じたきみの薄れゆく感情の起伏は僕をありのままの姿にしてくれる。
これからの至極上等な道楽を頭に焼き付けながら、僕は目一杯の気持ちをぶつけていく。
きみの全てを受け入れたいから。きみの全てを手に入れたいから。
言葉がなくても、理解できるよ。きみのことは全部ね。
きみはもう動かない。動かなくても伝わる温もり…ひんやりしているのは外側だけだよね。うん、わかってる。
一本、一本の指の関節を曲げながら、その不器用な柔らかさを確かめながら、僕はきみを
…。
ボキッ……
「あっ…」
僕の中で何かが弾けた。
「またか…」
僕の愛情に耐えられなかった。受け入れてもらうのはやはり難しい。でも、僕は挫けないいつか出会うであろう丈夫で長持ちする運命に。
歪な形の温もりは僕の美学に反するから。
「さよならの時間だね…」
ひんやりとした閉ざされた箱の中で、きみは永遠の時を刻んでいく…。ぼくのために。
僕の部屋には冷蔵庫が3つある。
ひとつは中型で食品保存用。
ひとつは小型できみの温もり保存用。
ひとつは大型でひんやり思い出保存用。
「新鮮な温もりをまた探しにいこう。」
【完】
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