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すれ違った時にふわりと鼻を掠める、甘い香り。その香りに振り返る。誰かが綺麗だって言ってた女だ。
ふうん、まあ、綺麗だな。モテると自負していたが、全然俺の方なんて向かない。
自分でも分かってる。相手に求められるままに、短い恋愛を繰り返したが故に、俺にはいい噂がない。別に良かった。好きになれなかったのは、悪かったし。長引くくらいならと、早めに区切りをつけたのは俺なりの誠意だ。
今度は……自分から好きになれたらいいな。そう思っていた。
──
大きな時計台の前、芝の上に腰を下ろして、一人で空を見ていた。賑やかな団体の声が遠くで聞こえる。
ふわりと鼻を掠める香りと同時に、誰かの顔が逆さまに現れた。香りから気付いたのが先だった。
……あの子……だ。名前は知らない。てか、そもそも知り合いじゃない。
「じゃま、しちゃった?」
「いや、別に」
俺がそう言うと、彼女が少し離れ座った。しばらくの沈黙の後
「付き合ってくれませんか」
彼女は小さな声でそう言った。驚いて、彼女の顔の方へと急いで向いた。
「……ダメ?」
恥ずかしそうな上目遣いに
「ダメなわけないだろ」
次は自分から好きに……そう思ってた。なのに、即答したのは……彼女からの告白が思いの外嬉しくて、自覚したのが、同時だった。
あれ、俺……この子の事、好きなんだ。
少し湿気を含んだ、暖かい春の風は、青草と、彼女の甘い香り。
────
そんな彼女を思い出し、パタンと本を閉じた。
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