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プロローグ
いいかい、はな。 この夢守の町はね、はるか昔からあやかしと人間が共に歩んできた特別な場所なんだ。だから彼らを決してないがしろにしてはいけないよ。
これが、あたしを育ててくれたおばあちゃんが、よく話してくれた昔語りだ。昔語りというよりはおとぎ話、あるいは伝承というほうが正しいのかもしれないけれど。
夢守の町のことを話すおばあちゃんの横顔はとても幸せそうで、だからあたしもおばあちゃんが大切に思っている夢守の町を大好きになった。
この町のために働きたい。そう決めて高校卒業後に市役所に勤め始めて、早三年。
夢守の町に関わり続けることのできる仕事。地域の人々のためになる仕事。いつでも誰かを笑顔にできる仕事。なんてことを働き出す前は夢を見ていたものだ。夢と希望に満ち満ちた女子高生だったのだ。
……まぁ、現実はそう甘くないということは、この三年で十二分に身に染みたわけだけれど。
「なんなんだ、この保険料は!」
怒声と一緒にカウンターを平手で叩いた音が、本館一階のフロアに響き渡った。近くを通りかかった人のぎょっとした視線を存分に感じながら、あたしは笑顔で武装する。
「二ヵ月前に、原野さまが税の修正申告をされましたよね。それに伴いまして、保険料も再計算いたしました。その結果が今回の通知になります」
「そんなこと、こっちは税務署で聞いてないんだよ! なんで修正したら保険料まで上がるんだ、先月は市民税も上がりやがった! ただでさえ高いのに、また追加で一万六千円も払えだぁ?」
「はい。前年度の所得に基づいて計算しますので。一括でのお支払いが難しいようでしたら分納のご相談はさせていただきますが」
にこにこと、この三年で磨きのかかった笑顔で同じ説明を繰り返す。こちらに落ち度がないことでむやみに謝りはしない。
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