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「こんにちは、の時間じゃなかったね。おはよう、かな。ごめんね、うちの真晴くんが失礼なことをしてしたみたいで」 「い、いえ」  条件反射の否定に、男の人がくすりと笑う。その背後から、――姿はまったく見えなかったけれど――、「だから、ここでその呼び方するなって言ってるだろ」という声が聞こえてきた。 「あ、あの……」 「あぁ、ごめんね。いくつになっても思春期の抜け切らない子で。悪い子ではないんだけどね」 「はぁ」 「だから、おい!」 「言いたいことがあるなら、隠れてきゃんきゃん吠えていないで、出てきたらいいじゃないか。これから一緒に働くかわいい後輩なんだから」  歯牙にもかけない調子で「ねぇ」とほほえみかけられて、あたしは慌てて頭を下げた。 「す、すみません。ご挨拶が遅くなりまして。本日よりお世話になります、三崎はなです。国民健康保険課から本日付けでこちらに異動となりました。ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、頑張りますのでよろしくお願いします!」 「はい、元気なあいさつをどうもありがとう。僕は七海總司と言います。この課は少し独自色の強いところだから、慣れるまでは大変かもしれないけれど、フォローはするから頑張ってね」 「は、はい!」  優しい言葉にうっかり泣きそうになってしまった。よかった、すごく優しそうな人で! まともそうな人で! 「ごらんのとおり、うちの課は少人数でね。在籍しているのは、僕と真晴くんと、あとは課長だけなんだ。課長はいつも始業ギリギリにならないと来ないから。紹介はそのときにするね。――ほら、真晴くん。いつまでも照れてないで、こっちに来なさい」  職場の先輩というよりは、保護者みたいだ。少人数の課だから、アットホームで和気あいあいとしているのかもしれない。  ……和気あいあい。  自分で想像しておいてなんだが、和やかなイメージと先ほどの先輩の態度が悲しいくらい一致しなかった。  上下関係のないアットホームな楽しい職場です、とか。ブラック企業の謳い文句そのものでは。いや、ブラック企業というか、その墓場の。夢守市役所の墓場の。  思い浮かんだ未来予想図に、無言でぶんぶんと頭を振る。  ない、ない。そんなことない。だってほら、七海さんはものすごく優しそうだし。
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