213人が本棚に入れています
本棚に追加
/149ページ
「よし、間に合った!」
朗々とした声とともに入ってきたのは、五十代半ばといったところの男の人だった。
「そのようですね。一分四十五秒前です」
「あいかわらず七海は細かいなぁ。間に合ったんだからいいじゃないか。お、そうだ。今日から三崎くんが来てるんだったな」
その言葉に、あたしは慌てて席を立った。
「あぁ、大丈夫、大丈夫。座っていてくれたらいいから。今日からよろしく。私が課長の高階です」
「はい、よろしくお願いします!」
頭を下げながら、あたしは心の底からほっとした。課長の明るくも優しい笑顔に胃の痛みが消えていく。
七海さんといい、課長といい、みんなとても優しそうだ。
――やっぱり、噂だけで変なところだって決めつけちゃ駄目だなぁ。
墓場だなんて聞いていたから、閉鎖的で偏屈な人が多いところを想像してしまっていたのだ。偏見はよくない。うんうんと頷いてから、内心で首を傾げる。
……もしかして、課長も七海さんも本館に顔を見せないから、唯一出現する先輩の妙なところが目に付いて、とんでもない職場のように言われているのでは。
思いついてしまった疑惑を、あたしは慌てて打ち消した。有り得そうで笑えない。
「七海から説明があったと思うけど、仕事にはゆっくり慣れていってくれたらいいからね。きみ個人に任せるような大きな仕事も今のところはないし。基本的には電話番だ」
「電話番、ですか?」
「そう、電話番。ここの課の一番大事な仕事はね。かかってくる電話を絶対にないがしろにしないということなんだ」
なんといってもうちは「よろず相談課」だからね、と課長が言う。よろず相談。有海さんも、そんなふうにあたしを諭してくれたっけ。
行政の隙間に落ちてしまいかねない声を拾い上げる最後の砦。すごく市民に寄り添った仕事ができる課だと思うわ。そう言ってくれた。
「ここにかかってきた電話を、どこかの課に押し付けるようなことは絶対にしない。必ずうちの課で対応して解決する」
自信たっぷりの顔で課長は言い切った。なんだかすごく頼もしい。あたしは「はい」と頷いた。隣から響いた溜息は聞こえないことにした。
その返事に満足そうに課長がほほえんだ。
「うん。それがきみの仕事だよ」
あたしの、新しい仕事。
まだわからないことだらけだけれど、そんなふうに課長が考えておられる場所で働けることは素直にうれしい。だから、あたしはもう一度しっかりと大きく頷いた。
「よろしくお願いします!」
最初のコメントを投稿しよう!