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……と、勢い込んでスタートしたはいいものの、あたしは暇を持て余していた。
電話番ということは、電話が鳴らない限り仕事がないのである。その事実を悟って愕然とする。
――そっかぁ。どこの課も常に電話が鳴ってるわけじゃないんだよなぁ。
国民健康保険課にいたころは、電話が鳴っているのがデフォルトだったし、窓口に来られる市民の方もとても多かった。
繁忙期には順番待ちのカードを配って対応していたし、就業時間中は市民の方の対応に追われて事務仕事は手つかず。事務処理はすべて残業なんてこともザラだったのだ。
そんな環境で新卒のころからずっと過ごしてきたあたしにとって、電話も鳴らず、できる事務仕事もないという現状は、ちょっとした苦行だ。
欠伸交じりによくわからない書物を繰っている先輩に、ちらりと視線を向ける。声をかけたら威嚇されるだろうことはわかっている。わかってはいるが、教育係と言われてしまった以上は、まずこの人に頼らざるを得ない。
「せ、先輩」
「あ?」
予想範囲内の反応である。野良猫。これは野良猫。言い聞かせて、あたしは笑顔を浮かべた。
「あの、なにか、あたしにできる仕事ってありますか?」
「あー……」
てっきりまた無意味な威嚇が返ってくるかと構えていたのだが、予想外に先輩は静かに天井を仰いだ。
まさかの考えてくれているらしい。
「ねぇな」
「ない、んですか」
期待しながら待つこと、数秒。身も蓋もない返事に、期待した分だけ肩が落ちる。
「ここは基本的に相談ありきだからね」
ほほえましそうにやりとりを見守っていた七海さんが、そっと口添えてくれた。その七海さんも、なにやらよくわからないファイルに目を通されている。過去の事例集とかだろうか。
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