プロローグ

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 急に保険料の追納の通知がきて驚かれましたよね。税務署の窓口でそういった説明がなかったのなら申し訳ありませんが、保険料決定通知を送付する際に、前年の所得に応じて算出する旨も、所得の修正申告により保険料が変更になることがある旨もお伝えしているかと思いますが。  すごまれようが、ごねられようが、決定した金額は変わらないのだ。修正内容に間違いがなかったことは確認済みである。  暖簾に腕押しの攻防を続けること、約十分。折れたのは原野さんだった。 「あー、もう、わかった、わかった! 払ってやらぁ!」  乱雑にカウンターに置かれたお札をつり銭トレーに移し替えて、ありがとうございますと頭を下げる。 「すみませーん、鈴木さん。一緒に金額チェックしてもらっていいですか」  手すきの先輩に声をかけて、預かったばかりの現金と納付書とをダブルチェックしてもらう。これ以上怒らせないように、できるだけ速やかに済ませたい。 「うん、オッケー。大丈夫。大変だったね」  納付書に出納印を押しながら眉を下げる。怒鳴られようがなんだろうが、その場で払ってくれるだけいいお客さんだ。  ありがとうございましたと告げて、カウンターに戻る。領収書をお釣りを受け取った原野さんが、忌々しそうな舌打ちを残して帰っていく。その背をお辞儀で見送って、あたしはふぅと一息ついた。  あの程度なら随分とましな部類だけれど、神経を削られないわけではない。 「お疲れさまだったね、三崎ちゃん」  自席に戻ると、斜め前の席から鈴木さんが労ってくれた。 「いやぁ、まぁ、でもすんなり払っていただけましたから」  かわいいものですよと言う代わりに曖昧にほほえむ。国民健康保険課に配属されたばかりのころは怒鳴られるたびに半泣きだったが、今や心臓は鉄でコーティングされている。  笑顔にするどころか、怒鳴れることのほうが多いようにさえ思える窓口業務なのだ。慣れなければやってられない。
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