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「あ、あの、行ってきます!」  どこに行くのかはまったくわからなかったが。このままとろとろとしていたら確実に置いてきぼりを食らう。 「はい、行ってらっしゃい、気をつけて」  廊下に出ると、先輩の姿はもう見えなくなっていた。階段を降りる足音だけが響いている。  もう少しくらい待っていてくれてもよくないですか、先輩。心で泣きながら、あたしは階段を駆け下りた。 「せ、先輩、先輩」  旧館の入り口でやっと追いついて声をかける。 「あ、あの。いったい、どこへ」 「さっきのばあさんのところだ」 「え!」  謝罪行脚だろうか。慄いたあたしに、先輩が「そうじゃねぇ」とぶっきらぼうに否定する。 「頼まれごとができた。車で行くぞ」 「公用車? もう借りてあったんですか?」  公務で移動するときに使用するのは自家用車ではなく公用車だ。そして公用車を使用する際には申請書を出して管理課から鍵を借りなければならない。  いつのまに準備していてくれたんだろう。目を瞬かせると、先輩が苦虫を噛んだ顔で天を仰いだ。  ……もしかして。  嫌な予感が駆け巡っていく。もしかして、この人、今までひっそりと自家用車で行動していたのだろうか。 「あ、あの。あたし、今から借りてきますよ。申請書に課長のサインもらってからになりますから、いったん、よろず相談課に戻りますけど。……あの、十分くらいで用意しますから!」  笑顔を張り付けて言い募ると、地名だけ返ってきた。申請方法知ってるんじゃないですかと言いたくなったのを堪えて、待っていてくださいねと念を押す。  不承不承の顔で先輩が溜息を吐いたのを確認して、あたしは踵を返した。  下りてきたばかりの階段を駆け上がりながら、絶対に明日からはスニーカーにしようと心に決めた。
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