213人が本棚に入れています
本棚に追加
/149ページ
**
「なんだか、すごい山の中ですねぇ」
本当にこの道で合ってるんだろうなと、疑いたくなるような場所だ。助手席に座っている身で言えるわけもないので、きょろきょろと周囲に視線を配る。ものの見事な山道である。
「基本的にこういうところばっかりだぞ、うちは」
「はぁ」
だから、この人、春夏秋冬つなぎで過ごしているのだろうか。
「あの、ちなみに、さっきのおばあさんって、どんな方なんですか? すみません、あたし、怒らせてしまって」
謝罪行脚ではないと先輩は言っていたけれど、直接お会いするのだから、お気を悪くさせたことについては謝ったほうがいいだろう。ちょっと気は重いけれど。
先輩はまた少し黙ったあと、ぼそりと呟いた。「狸」
「え? 狸って、狸?」
山の中に住んでおられるから、狸ということなのだろうか。それとも、まさかとは思うが、狸でも飼っておられるのだろうか。
混乱するあたしを他所に、先輩はまた口を閉ざした。怒らせたかなと横顔を窺う。意外にも怒っているというよりは悩んでいるようだった。
「まぁ、なんだ。狸みたいなばあさんだ」
「は、はぁ」
あたしにもわかる言葉を探してくれたのかもしれない。ポジティブに捉えようとしたのも束の間、先輩は面倒になったのが見え見えの態度で言い切った。
「見ればわかる」
だから今はそれ以上を聞くなと言われたことを悟って、大人しく口を噤んだ。ガタガタと古い公用車のシートは揺れていて、酔わないように意識を外に向ける。途切れることなく緑が続く、本格的な山道だ。
ナビもなにも必要としない先輩の運転に加え、話しかけるなと言われてしまえば、することがない。
よろず相談、か。
暇な頭であたしは考える。直近の相談内容が境内掃除と聞いた時点で、本当によろずなのだと実感した。
――たしかに、掃除も大事だとは思うしさ。誰かがしなきゃいけないことだって言うこともわかるんだけどさ。それが、仕事内容なの、っていう。課長がああ言ったときには、なんか勢いで感動しちゃったけど。
そんなこと、課内では口が裂けても言えないし、顔に出すわけにもいかないけれど、思うくらいは自由だろう。あげく初日から、よくわからない先輩とふたりきりで道なき道をドライブだ。
最初のコメントを投稿しよう!