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 踏み出した足元も草木が生い茂っていて、スニーカーで来るべきだったと何度目になるのかわからない反省をする。転属初日くらいスーツのほうがいいかなと思ったのだ。  はじめての異動だったから、失礼にならないように最善を尽くしたつもりだったのだけれど。すべて裏目に出ている気がしてならない。  ずんずんと歩いていく先輩の背を追いかけながら、あたしは疑問を投げかける。 「こんなところに停めて大丈夫ですか?」 「どうせ、ばあさんの土地だ」 「はぁ、地主さんなんですねぇ」  そういうものかと頷く。  思えば、この山道に入ってから一度も車とすれ違わなかった。私有地なら路駐でも問題ないのかもしれない。  ――公用車が公道に堂々と路駐してたら、抗議の電話がバンバン鳴りそうだからなぁ。  などと思っていると、微妙な視線を感じた。 「なんですか?」 「なんでもねぇ」  やってられないとばかりに言い捨てた先輩が、また歩き出す。その歩みには一切の迷いがない。 「先輩は、よく来られるんですか?」 「月一」  マジか。あたしは内心で驚愕した。いったいなにをしに月に一度もこの奥地に足を運んでいるのだろう。  言ってはなんだが、おばあさんの安否確認だとすれば福祉の管轄だと思う。 「だいたい、ちょうどそのくらいの周期でかかってくるからな、電話が」 「はぁ」 「どうせ今日も庭の掃除だろ。いや、違うな。なんか失くしたって、あのばばぁ大騒ぎだったからな。山狩りか」 「や、山狩り」  それはちょっと違うような。どちらかと言えば、宝探しに近いような。  乾いた笑いを浮かべながら、あたしは山中で完全に浮いている自分の格好を見下ろした。先輩のつなぎが、なんだかものすごく羨ましい。 「あの、それって、いったい、なんの仕事になるんですか?」  無意識にぽろりとこぼれた問いかけに、あたしは「あ」と口を押さえた。けれど、言葉になってしまったものは取り消せない。  後ろを振り向きもしないまま、ガリガリと先輩が鳥の巣頭を掻きまわしている。溜息まで聞こえて、あたしは失言を痛感した。 「あ、あの、すみませ……」 「――助けだとでも思っとけ、新人」  最初の部分がうまく聞き取れなかったのだけれど、きっと「人助け」だろう。ぐうの音も出ない正論に、あたしはもう一度「すみません」と謝った。  人助けだけで仕事が成り立つのであれば、文句なしに素晴らしいことだと思う。けれど、そんなわけにはいかないことも、さすがに知っている。  入庁したばかりのころの青臭い理想は、三年ですっかり現実に染まった。  ――先輩は、そうじゃないのかな?  よろず相談課。夢守市役所の墓場。どの課からも取りこぼされる相談事を一身に引き受けるところ。おばあさんの電話一本で、こんなところまでやってくる。  よろず相談課って、本当にいったいどういうところなんだろう。  まっすぐに進んでいく先輩の背中を見つめながら、あたしはそんなことを考えていた。
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