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「なんだい、遅かったじゃないか」  本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるあばら家のドアを、呼び鈴も押さずに先輩がガラリと開ける。出てきたのは、あたしの腰ほどまでしか背丈のない、小さなおばあさんだった。  仁王立ちしているおばあさんの顔には、どことなく愛嬌がある。丸い顔に垂れた瞳。  ……もしかして、「狸みたいなばあさん」って、見た目のことだったのかな? 「文句の多いばあさんだな。これでも電話を受けてすぐに出てきてやったんだ。これ以上の速さは諦めろ」  機嫌の悪さなんてなんのそのの口調に、あたしは恐れおののいた。こんな対応、見たこともなければ聞いたこともない。  これ以上へそを曲げさせたらどうする気なのかと思っていたのだけれど、予想外におばあさんはあっさり主張を引っ込めた。 「まぁ、あんたがそう言うなら、本当なんだろう。しかたないね」  その視線があたしのほうに向く。 「これかい? 今日、あたしの電話に出ていた子は?」 「あ、あの」 「うちの新人だ。これからこいつが対応することもあるけど、姑みたいにいじめんなよ」 「あら、嫌だ。あたしがそんなことをするわけがないだろう」 「あるから言ってんだよ」  もじゃもじゃ頭を掻きながら言った先輩の横顔を、ぽかんと見上げる。もしかして、庇ってくれたのだろうか。  先輩とあたしを見比べていたおばあさんが、にんまりと人の悪そうな笑みを浮かべる。条件反射でひやりとしたものが背に走った。けれど、続いたのは予想外の台詞だった。 「あんたがそう言うなら、『当たり』なのかもしれないね」  当たり?  意味がわからなくて先輩を窺ってみたものの、目配せひとつくれなかった。しかたがないから、「いい子が入ってきてくれた」という意味だとポジティブに解釈することにする。 「あ、あの。よろしくお願いします! それで、今日はどうされたんですか?」  精いっぱいの愛想を張り付けてほほえむと、おばあさんもにんまりと目を細めた。  ……狸というより、日本昔話に出てくる悪いおばあさんみたいだな。  絶対に口にできないことを考えていると、おばあさんが「けけけ」と笑い出した。 「あ、あの」  びくりと肩を跳ねさせたあたしを他所に、おばあさんがゆっくりと軒先に足を踏み出した。そして、どこまでが庭なのか山なのかわからない一帯を指さす。 「草刈り、よろしく頼んだよ」
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