プロローグ

3/8

213人が本棚に入れています
本棚に追加
/149ページ
「三崎ちゃんも強くなったよね。でも、次の春で三崎ちゃん四年目でしょ? そろそろ異動になってもおかしくないよね」 「そうですね。去年もちらほら異動になった同期はいましたし」 「だよね。そういう時期だよね。三崎ちゃんに出て行かれると困っちゃうけど。でも、三崎ちゃんは異動したいとかないの? 窓口ないところがいいとか」 「いやぁ、まだここでいいですよ、あたし」  へらりとあたしは笑った。同期の新年会でも、みんな口々に異動の心配をしていたなぁ、と思いながら。  市役所は三、四年のスパンで異動になることが多く、次の春で四年目になるあたしたちは、明日発表の人事異動が気が気でないのだ。 「そんなこと言って。どうする? 三崎ちゃん、もし『よろ相』に飛ばされたら」  市役所の墓場と呼び称されているよろず相談課の略称を口にした鈴木さんを、「まさかぁ」とあたしは笑い飛ばした。  まさかそんな墓場に飛ばされるようなことはないだろう。 「ご心配なく。きっと来年もここにいますよ、あたし」  なんの根拠もないが、自信満々にあたしは言い切った。めったと人が配属にならない代わりに一度配属になったら退職するまで異動がないともっぱらの評判で、やっている事業内容もいまひとつ謎なよろず相談課。  まさかそんなところに飛ばされるわけがない。謎の自信に満ちたまま胸を張る。国民健康保険課も市役所内のなかでも当たりの悪い配属先だと言われることはあるけれど、忙しくも人間関係良好のここはあたしの性に合っていた。  だから、いつか異動になることはあるだろうけれど、もう少しここにいたいなぁと思っている。秋にあった所属長面談のときにもあたしはそう伝えている。もちろんあたしの一存ですべてが決まるわけはないけれど。  ――でも、それでも、「よろ相」ってことは絶対にないと思うけどね。  そう結論付けて、ぱっと席を立つ。うちの課を目指してきたらしい来庁者と目が合ったからだ。  人当たりだけはいいと評判の笑顔を張り付けて、あたしは「こんにちは、どこかお探しですか」と声をかけた。
/149ページ

最初のコメントを投稿しよう!

213人が本棚に入れています
本棚に追加