プロローグ

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 この三年間を内省しているあたしの傍らで、鈴木さんと玉原さんが恐ろしい噂話を繰り広げている。 「唯一、よく姿を見るよろ相の職員があのもじゃおくんだっていうのも問題だと思うんだよね。だって、あの子、いつもぼさぼさ頭につなぎの作業着だし。水道課でも建築課でもないのに、その服装なんなの? みたいな」 「逆に考えると、そういう肉体労働ばかりなのかも。どこの課にも収まりきらない厄介ごとって、かなりのクレーム案件だろうし。山狩りでもしてたりして」 「さすがに猪とかサルを追いかけるのは農林課の仕事でしょ」 「誰もそこまで言ってないって」  よろず相談課の実態を知らないあたしは笑うに笑えない。完全に他人事としておもしろがっているおふたりの話を聞きながら、うん? とあたしはワンテンポ遅れて首を傾げた。 「もじゃおくん?」  その呟きに、鈴木さんが目を見開いた。 「あれ、三崎ちゃん、知らないの? もじゃおくんのこと」 「何回かそのお名前を聞いたことはあるんですが、あまりはっきりとは。飲み会とかでもお会いしたこともないような」 「ないない、あるわけない。もじゃおくん、飲み会に顔なんて絶対に出さないから」  ばっさりと切り捨てて鈴木さんが笑う。すごい名前だなと思ったが、聞き覚えはあった。たしか、「旧館のもじゃおさん」だったかな。同期の子が言っていたのは。  あたしたちが入所するより少し前に夢守市役所は改築されていて、現状ほとんどの業務は新館で行われている。けれど、その大移動のときに本館に移築されなかった課があるのだ。  旧館に取り残されている唯一の課、「よろず相談課」。  そこの職員のひとりが「もじゃおさん」であるらしい。ちょっと変わった気難しい人だという話を飲み会の場で聞いたことがある。  といっても、直接お会いしたことはないのだけれど。
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