こちら夢守市役所あやかしよろず相談課

１

　四月三日。午前七時五十分。入庁してから一度も足を踏み入れたことのない旧館の前で、あたしは立ち尽くしていた。

「……」

　本館の真後ろにある三階建ての旧館は、壁面には蔦が覆い茂り、廃墟と言っても差し支えない有様だ。
　新卒採用研修のときにお世話になって以来のリクルートスーツを引っ張り出してきたのだが、ものすごく空回りしているような気がしてならない。
　ごくりと生唾を呑んで、旧館を上から下まで眺め倒す。どこかで鳴いたカラスの声で、あたしは我に返った。そして呟く。

「え……、ここ、人、いるんだよね……」

　というか、現在進行形で使用されてるんだよね。たとえ常設されている課が、よろず相談課だけだったとしても。本館の活気が嘘のように人の気配がない。
　今すぐにでも回れ右をして有海さんに泣きつきたい衝動を堪えて、あたしは扉に手をかけた。

「し、失礼しまーす」

　がらんとした空間に声が反響した。旧館の二階の一番奥の部屋という情報だけを頼りに階段にそろそろと足をかける。当然のごとく誰にも出会わない。
　あたし、本当にここでちゃんとやっていけるのかな。
　辿り着く前から、不安は最高潮に達そうとしている。来庁者が来ないゆえの節約なのか、とんでもなく廊下は薄暗かった。常に誰かしらの声が響いていた本館一階の国民健康保険課とは、いろんな意味で大違いだ。

　閉ざされたドアの名前を念のためにひとつひとつ確認しながら奥へ進む。どこも資料室や文書室として使われているらしく物音ひとつしない。そして、突き当り。
　閉ざされた扉には、古い木目のプレートがかかっていた。

「ん？　よろず相談課、だよね？」

　設置されてからかなりの年月が経っているのか、文字が劣化していて読み取りづらい。おまけに、よろずの前に妙なスペースが空いているような。

　――途中で名前が変わったのかな？

　合併などにより課の名称が変わることは珍しくはない。それに、ここ以外にそれらしい部屋はないのだ。間違ってはいないだろう。
　小さく息を吐いて、胸に手を当てる。吸って吐いて、深呼吸。