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 あたしが暮らす夢守市は、日本海側に位置する人口九万人弱の地方都市だ。市の面積の六割を山林が占める、海と山に囲まれた静かな町。  大手を振って宣伝できるような特産物はこれといってないけれど、自然豊かな住みやすいところ。と言っても、若年層の市外流出は留まらず、進む高齢化に出生率の低下。  その現実を打ち止めるべく、若者にとっての住みやすい町をアピールしている。そんな、どこにでもある一地方都市である。  その夢守市にあたしがやってきたのは、小学三年生の夏だった。両親の離婚に伴い父の実家のある夢守市に引っ越してきたのだ。  最初は戸惑いもあったけれど、おばあちゃんとの暮らしのなかで夢守市が大好きになったあたしは、高校卒業後に市役所に就職した。  そんなこんなで夢守市在住歴めでたく十三年。すっかりこの町に馴染んだつもりでいたのだけれど、まだまだ知らないこともいっぱいあるんだなぁ、ということを思い知った。  よろず相談課の仕事内容もそうだし、あんな山奥におばあさんがひとりで住んでいることも知らなかった。ついでに言えば、旧館のもじゃおさんが最上先輩だなんて夢にも思っていなかった。  まぁ、それはべつにいいのだけども。  昼休憩中の職員食堂の一角で、よろず相談課に異動になってからの日々をつらつらと報告したあたしに、同期の夏梨ちゃんがあんぐりと大口を開けた。  せっかくの美人が台無しだと言いたいところだが、相手は入庁直後にめちゃくちゃかわいい子が入ってきたと噂になったレベルの美人だ。愛嬌が出てかわいいなぁなくらいのもので、台無しにはまったくなっていない。 「というか、なんで、あんた、そのもじゃ……じゃないや。最上さんのこと知らなかったのよ」  国民健康保険課に隣接している福祉課が配属先だった夏梨ちゃんは、唯一の高卒同期ということもあって一番の仲良しだ。  今日も、福祉課も繁忙期で忙しいだろうに、一緒にお昼を食べようと誘ってくれたのだ。異動になったあたしを心配してくれているのだと知っているから、感謝しかない。 「だ、だって」  痛いところを突かれて、慌てて弁明する。 「先輩が市役所に入ったらしいって言うのは噂で聞いてたけどさ。入ってすぐに捜してまで挨拶に行くのもどうかと思ったし」  在学中に仲良くさせてもらっていたのだとすれば、挨拶に行くのが筋だっただろうけれど。たった一回話したことがあるというだけの関係性だったのだから、下手したらストーカーだ。  ……そもそも先輩、あたしのことまったく覚えていなさそうだったしな。
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