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「先輩! せんぱーい! どこですか!」  来庁者のいない本館の廊下をきょろきょろと走り回っていると、管理課から声がかかった。 「お、三崎ちゃん。お疲れ様。あいつなら、屋上じゃないの?」 「もう見ました!」 「じゃあ、男子トイレ」 「入れません!」  完全におもしろがっているそれに叫び返して、足を速める。このやり取りを二ヶ月弱で何度しただろうか。うちの課の新たな名物になってしまった気がしてならない。  ――というか、入ったら大問題でしょ、男子トイレ。  いくらあたしたち四人以外にほぼ人がいない旧官舎とはいえ、上階は文書庫になっているのだ。職員の出入りがないわけではない。  だから油断してはならない。最近のあたしは、そう言い聞かせている。  誰もいないはずの旧館の男子トイレから聞こえた人の話し声に、腰を抜かしかけたからだ。  話の落ちとしては、幽霊の正体見たり枯れ尾花というか、まぁ、先輩と謎のおじいちゃんが話し込んでいただけだったのだが。  そもそも、そのおじいちゃんはどこから入ってきたのだ、とか。なんでそんなところで話し込んでいるのだ、とか。  謎は多々あったのだけれど、ありすぎて突っ込みが追い付かなかった。  しかたなく、自分の心臓と腰の安全のために、「話すなら、もっと違うところで話してくださいよ。おなかが痛いとかならべつですけど」とだけ訴えた。  ちなみにそのときの先輩の返答は、「おまえ、やっぱり大物だな」という嫌味にしか聞こえないものだったわけだが、それはさておいて。 「もう、本当に、あの人、すぐふらふらいなくなる……」  これが煙草休憩であれば多少は納得するけれど、そういうわけでもないらしい。あいかわらず謎すぎる。  七海さんや課長が咎めていないところから察するに、ただのさぼりではないのだろうけれど。  おまけに、せめて旧館だけに留まっていてくれたらいいのに、本館にいることも多いから性質が悪いのだ。
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