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何気ないごく普通の雑談。まぁ、部活の真っ最中に、みんなが読書している中、先生と会話を交わすというちょっと特殊な状況ではあるけれども、そんな中のこの発言。
普通は、ここで”違います、本を読むのは本当に趣味なんです。そりゃアウトドア的な趣味はないから受けは悪いでしょうけど…”とかなんとか返すだろう、勿論俺も返した。
「違いますよ、本当に読書が好きなんです。ジャンルは偏っているけど、それでも一番リラックスできるしそれに楽しいって思える瞬間でもあるから」
先生「へ~そうなんだ。」
そこで話は終わった。話下手な俺としてはこれが限界だったw
ともあれ、その時はその程度で終わったんだ。でも、俺の中では不完全燃焼というやつか、釈然としなかった。
先生の解釈に腹を立っている、普通この程度で腹立っていたら短気とか器の小さい人とかって思われるだろうが、所謂”偏見”で物言いが気にくわなかったんだ。
”人との関係を築くのが苦手な人”
”内気な性格”
”ことあるごとに読書で場を凌ぐ”
が、”趣味のない人”という、偏見。
俺の場合は当てはまるって?趣味らしい趣味が無いから?そりゃそうだけど、どうもね…
自分の中でこうだって思ってることを信じて疑わない精神は嫌いなんだ。
そうでない場合、そうでない可能性を視野に入れず自分の考えは正しいとそう思いそれを相手に理解させようとぶつける精神。
そう思ってるだけならまだしも、それを相手に理解してほしいって思って伝えるのがどうも…
人間だれしもそういうのを持ってるのは分かる、分かってる。
所謂自論っていうのはこれまでの人生経験の集大成とも言うべきものだから、、、
でも、それは自分の考えであって、社会的に一般的に正論と呼べるものかどうかは別問題だって俺は思うんだ。
まぁ俺の場合社会的に一般的に正論だって言えることに対しても”そうとは限らないんじゃないか?”的思想を持ってるからもはやアレなんだけども…
とにかく、”読書が趣味の人は寂しい”とか”読書ぐらいしか趣味のない人は趣味は無い人”とかそういうことで片付けるのは俺は嫌い。
だから先生は嫌いだ。彼だけが嫌いじゃないのかって?違う、先生は”模範となる者”故に自分は正しいという前提で動く存在。だから、先生ってそういうくくりで嫌い。代表で彼が嫌いってそういうことであってね…
色々なことに対して一般論は正しい意見それ以外は間違ってるとそういう考えが気に喰わない。それにそぐわないごくわずかの少数意見を無視するというのがね。そりゃ世界は多数派で成り立ってるだろうけど、でも少数派は確かにいるし、その人はそれに準じた行動を取っているはず。だから、世界って広い視野でみると多数派を採用しているからこそ少数派は見えないけど、確かにそこにあるんだ。自分の道を少数派意見とはいえ進もうとしている人が…
で、それを真っ向否定しているように感じたんだ、その時は。勿論ちっぽけなことだから今の今まで忘れてたんだけどね~
くだらない会話で思ったことがそれだった、それだけの事。
で、ふと思い出したんだ、こんなことあったなって。こういう思想その時に自覚したなって…
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