第1章

5/34
前へ
/147ページ
次へ
「あまりうるさいなら、もう帰るからな」 カウンターに手をついて立ち上がろうとすると、 「ああ、待てよ。悪かったって、もう言わないから、もう少し付き合えって」 スーツの袖が引かれ、脚の長い丸イスにまた座らされた。 「……だけど、おまえ、なんで誰も好きにはならないんだよ?」 佐伯が、咎められたのを気にしてか、声のトーンを僅かに落として、アルコールを口に含む。 「……終わりが、見えるから」 「……終わり?」 と、不思議そうに尋ねられる。 「好きになれば、終わりが見える。付き合いに先が見えて、別れの予感がよぎる」 ストレートのジンを舐めるように飲む。 「だから、誰も好きになりたくはない」 「……難儀な奴だな、おまえって」 呆れたような顔をする佐伯を、自分も同じような表情で見返した。
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!

503人が本棚に入れています
本棚に追加