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「側室?」
「そう、側室。世継ぎ産まないと家潰れるでしょ? だから居るんだよ、沢山」
そうか。あの桔梗という女性は尚親の“側室”だったのか。そう言われてみれば、『そなたの父からは早く子を作れと言われておるだろうが……』の意味も納得できる。
結衣から側室の話を聞いて、私の気分は大分楽になった。しかし、浅井先輩は側室の存在を夢で見て既に知っているのだろうか。前世なのだから、私がこんなにビクビクするのもおかしな話なのに、側室の夢について先輩に話すのが、何故か躊躇われた。もしかして前世でも、尚親は淡雪に対してこんなに後ろめたかったのだろうか……。
放課後。昨日は部活を休んでしまったので、今日こそはと下駄箱へ向かうと、そこには浅井先輩が待ち伏せをしていた。
「よぅ、直緒ちゃ~ん。ツレナイ朝のメールぶり~」
私を見つけると先輩は馴れ馴れしく肩を組んできたが、額には青筋が立っている。
「せ……先輩?」
「お前何処に行くつもりぃ? 今日も俺と図書館デートのはずだけどぉ?」
(と……図書館デート!?)
咄嗟に辺りをキョロキョロと見回した。今の会話を誰かに聞かれたら、完全に誤解されてしまう。それに肩を組むのをヤメて欲しい。顔が近い……。
「きょ、今日は昨日部活休んでしまったから出ないと不味いんです。大会も控えてるので!」
「部活って何部?」
「テ……テニス部です」
「スコートだっけ? ……見学できる?」
(パンチラ見たいだけですよね!?)
暫く先輩と「駄目です!」「いいじゃん!」の応酬をしていたら、突然後ろから声をかけられた。
「井上先輩? そこで何やってるんですか?」
そこには男子テニス部の後輩である三沢徹哉、三沢君が居た。テニス部員には男女関わらず、この状況を見られたく無かったのだが……。
「井上先輩、今日も部活休みですか?」
「う、ううん。今日は出るつもりだよ」
「こいつもテニス部員?」
「そ、そう。男子テニス部の後輩で三沢君……」
「ふ~ん」と言いながら、先輩は三沢君を頭の天辺から爪先まで品定めする。一方、三沢君はそんな先輩をギロリと睨みつけたままだ。
(何? この状況……)
「じゃあ先輩、早く部活行きましょう」
三沢君は突然私の腕を掴んで、外に向かって歩き出そうとした。
「おい。慣れ慣れしく直緒に触るんじゃねーよ」
後ろから先輩の怒りに満ちた声が聞こえてくる。
(いや、慣れ慣れしいのは寧ろ先輩の方!!!)
「先輩、この人と付き合ってるんですか?」
小さな声で三沢君が訊いてきて、私はブンブンと頭を左右に振った。
「本当ツレナイなぁ、直緒は。昨日『俺達は前世で夫婦だった』って確認したばっかりなのに」
そう言って先輩は、三沢君の前で再び私の肩に腕を回してきた。
(ちょ……何言っちゃってんの!? この人――!!!)
「何だ、そんな事ですか。それなら俺だって前世は井上先輩と夫婦ですよ」「「え……!?」」
呆気にとられた先輩の隙を突き、同じく呆気にとられている私の腕を引いた三沢君は、テニスコートへ向かって足早に歩き出すのだった。
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