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家に帰って自室でアイスを頬張ると、私は早速スマホをいじり始めた。先程登録したコンビニ号泣男の名前は、『倉下智実』という。スーツを着ていたけれど、歳は20代前半から半ばといった感じだろうか。
「あの人の土下座、何か見覚えがある気がするのは何故だろう……」
彼のことを考えていたら、その本人から早速メール着信があった。
『連絡先交換してくれてありがとう。今度会った時はお金返したいので、また会ってくれると嬉しい』
まだ律儀に返そうとしているらしい。
『お金は返さなくてもいいですって。(^^;』
と返信すると、更に返信が。
『そういう訳にはいかない。大人のお兄さんを舐めてはいけません。o(`ε´♯)o 』
(何この顔文字。可愛い人だな……)
面白くなって、調子に乗って『路上で泣いてたくせに?』と返すと、その後暫く返信が途絶えてしまった。
(もしかして怒らせちゃった?)
少しだけ反省していると、長い文章のメッセージが返って来た。
『実はあれには理由があって。君を初めて見た時、僕がよく見る夢の中の大切な人に似ていると思ったんだ。』
『夢の中で僕はその人に仕える家来なんだけど、その人のことを本当に尊敬していて大好きなのに、何故かその人の首を刎ねる夢を何度も見るんだ……。』
『それを思い出して、気が付いたら涙が止まらなくなってた。こんな話をしても、君には気持ち悪いだけかもしれないけど。』
* * * * *
それは、澄み切った青空が広がる日だった。綺麗に手入れされた中庭には二畳ほどの布が敷かれ、その中央には『三方』と呼ばれる木の台座が置かれており、その上には短刀が置かれている。
尚親は白い着物を着ていた。三方の前に膝をついて座り、その斜め後ろには盃を献上する人影が。
「通孝、今まで苦労をかけた」
そう言い受け取った盃をぐいっと飲み干すと、通孝に返して口元を拭う。
「某もすぐに後を追いまする」
「それはならぬ」
「何故です!?」
「お主には小虎丸と後見の雲珠姫を支える役目がある。儂の代わりに必ず上地家を守ると約束せよ」
何かを堪えるように俯いて、通孝は下唇を噛んだ。
「わかったな?」
「……御意」
目の前で事の成り行きを見守る今川家からの使者に対して一礼し、着物の胸元を掴んで思いきり左右に広げる。そして右手で目の前の短刀を掴むと、腹の中央に切っ先を突き立てた。
「いざ」
両手で力いっぱい短刀を押し込む。肉の切れる痛み、この世との縁が切れる痛み、視界がぼやける。前方に倒れ込んで低く呻いた。腹から流れ出た鮮血と口からの吐血が、下に広がる布を赤く染め上げる。
「うわぁぁぁあああああ!!!!!」
叫びながら通孝は、手にした刀を首元へ真っ直ぐ振り落した――
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