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翌日。駅前のひっそりとした路地にある、小さな喫茶店『アルカナ』を訪れた。ここでショウさんと午前11時に待ち合わせをしていたからだ。
「ショウさん、お待たせしました」
「いや、そんなに待って無い。連絡ありがとう」
初めて会った時と同じように、ショウさんは本を読みながら席で待っていた。
あのメールの後、すぐにショウさんから連絡があり、私は事情を説明した。次々に出会った前世関係者や、自分の見た前世の夢について話し、今の心境……これからどんどん前世を知ってしまうのかと思うと怖くてたまらない、という旨を彼に伝えた。
それに対してショウさんは何か言うでもなく、今日のこの待ち合わせを指定してきたのだ。直接会って話をしたいのだと。
「ところで直緒さんは今、前世をあまり思い出したくない?」
「どちらかと言うとそうですね。あまりにも矢継早に前世関係者と出会ってしまったせいで、正直実生活は困惑しているし、寝てる間には前世の夢を見るし……で、生活がどんどん前世に浸食されている感じなんです」
ショウさんは「そうか」とだけ一言漏らすと、目の前に置かれていたコーヒーに口を付けた。そのうち店員が先程注文した紅茶を持ってきてくれて、私はそのカップにミルクを入れる。
「それでその浅井って先輩だが……そいつは直緒さんに、過去の真相を突き止めて教えろって迫ってるんだな?」
気のせいか、ショウさんは語気が僅かに強くなった気がした。一度しか会ったことのないお客の私の為に、まさか怒ってくれている? とも思ったけれど、私が「まぁ、大体そんな感じです」と答えると、彼は大きなため息をつき、
「俺が学校で直接直緒さんを守ってあげられればいいが……そういう訳にもいかないしな」
と呟いた。
(守ってあげられればいいが?)
いきなり聞き慣れない言葉を聞いてしまったせいか、イケメンが……ショウさんがこんな言葉を口にしたせいなのか、鼓動は急に騒がしくなった。
(優しいだけだよね?)
きっとショウさんは優しい人なのだ。お客に対してはきっと皆同じように接しているんだろうと、有頂天になりそうな自分を宥めようとしたけれど、やはりショウさんが私の為に怒ってくれたのが嬉しくて、騒がしい心臓が抑えきれそうもない。
「ところで話は変わるけど、今日は直緒さんに会わせたい人がいる」
「え? そ…その人はどういう?」
「もう少しで来ると思う」
暫くショウさんと他愛のない会話を交わしていると、店内の壁掛け時計がちょうど11時半を差した頃、カランコロンという音と共に誰かの入店を知らせた。店員の「いらっしゃいませ~」という声が一人の客を出迎え、ショウさんが片手を上げたので、このお客が私に会わせたい人なのだと理解する。
その人は20代後半くらいで、高そうなスーツを着た気品のある男性客だった。
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