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地域別の郷土資料エリアを見ていたら、『東海地方』の本だけが抜けていることに気づいた。ゆっくりと振り返って、ほぼ真後ろで立ち読みしている男子生徒の、手元の本の背表紙を盗み見る。
「もしかしてコレ、読みたいの?」
急に頭上から声が降ってきて、男子生徒と目が合った。ほんの一瞬、時が止まったような気がした。彼も私を見て少し瞠目しているようで、元々の鋭そうな瞳が少しだけ見開かれている。
「あっ……いえ」
思ったより距離が近いのに気づき、急に恥ずかしくなって慌てて視線を反らす。
「いいよ。俺の探しものはこれに載って無かったし。……はい」
そう言って彼は本を閉じると、それを手渡してくれた。
「あ……ありがとう、ございます」
ネクタイの色から彼が3年生だとわかり、急に恐縮する。やはり彼もこの本で何かを探していたようだ。
気を取り直して本の目次に目を通していると、既に立ち去ったと思っていた彼が引き返してきて、再びこの棚を覗いた。
「あのさぁ、何かその本で探してる?」
「え?」
「あ、ゴメン。この棚に来る人って珍しいからさ」
それはそっくりそのまま、彼に抱いていた私の印象だった。
「悪い、邪魔して。じゃあな」
ヒラヒラと手を振りながら、彼はそう言い残して去っていった。
結局、謎の男子生徒が先に読んでいた『東海地方』の郷土資料には、大まかにしか載っておらず、調べたかった『上地尚親』についての記述は無かった。ただ少し気になったのは、『上地谷』という場所が遠江国に存在する事だ。次は地域を遠江に絞って、もっと本の置いてある図書館へ足を延ばしてみようか……そんな事を考えていたら、あっという間に午後の授業も終わってしまっていた。
授業に身が入らないのに、部活にも身が入るわけない――と、勝手な屁理屈を捏ねて、部活仲間に休む旨を伝えて下駄箱へと直行した。靴を取り出しているところで、ちょうど傍の廊下を通りかかった岡部先生に声をかけられた。
「よぅ、井上。お前の探してた武将見つかったか?」
「いえ、それがまだ……今から街の図書館に向かおうかと」
「そうか。ちなみにお前の言ってた武将って何かで有名なのか? お前の他にも同じこと聞いて来た奴がいたぞ」
「え!?」
訊き返した声が予想外に大きくなって、私は思わず口元を掌で覆った。
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