4.浸食される現世

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 ショウさんの言葉に、柴山さんが「それに……」と付け加える。 「私は晶との前世の繋がりを知れて良かったと思っているよ。晶のおかげであまり悩まなくなったしね。前世では親子だったけど、現世では本音で話せる友人でもある」  ショウさんの肩にポンと手を置くと、柴山さんは微笑んだ。 「柴山さん……」 「現世でも変わらず愛しいよ」  そう言った瞬間、肩に乗せた柴山さんの手は、ショウさんに(つね)られた。「アイテテ…」と小さな悲鳴が上がる。 「とにかく俺が直緒さんに言いたいのは、前世の縁が悪いことばかりとは限らないってことだ」 「私と晶のような縁もあるしね」  ショウさんが柴山さんを紹介した意味について、何となくわかった気がした。この二人の関係が、ショウさんなりの慰めであり相談に対する答えなのだ。今まで前世を思い出す事にただただ不安を募らせていたのが、少し和らいだ気がした。  この後私達は場所を移して、高そうなレストランで昼食をとった。もちろん柴山さんの奢りで。なかなか普段食べれないようなご馳走と、二人の仲の良いやりとりを見ていたら、いつの間にか私はすっかり元気を取り戻していた。  帰りは柴山さんの車で自宅まで送って貰い、玄関の前で手を振って二人と別れた。上機嫌で自宅に入っていく私の後姿を、二人が車内からじっと見守っていたのも知らずに……。 *  直緒の姿が見えなくなると、柴山はぽつりと呟いた。 「いいのか? 彼女に言わなくて」 「いいんだ。彼女をこれ以上苦しめたくない……」  「しかし……」と言いかけて柴山は口を(つぐ)んだ。助手席に座る苦渋に満ちた晶の顔を、前世で(いぜんに)見覚えがあると思い出したからだった―― * * * * * 「大きゅうなりましたな? 蓮之丞(れんのじょう)は。なぁ、兄者」  豪快に笑いながらそう言うと、見知らぬ男性が入室してきた。その男性の傍らには、小さな少女が手を引かれている。 (蓮之丞?)  男性は私を見ながらそう呼んだ。私は尚親ではないのだろうか? しかしこの部屋は、以前通孝や淡雪と一緒にいた部屋と同じ和室に見える。 「尚満(ひさみつ)、よう参った。この子が娘の雲珠(うず)姫か。息災で何よりじゃ」  尚満という男性に、“兄者”と呼ばれた男性が自分のすぐ傍に座っていた。その男性を見ていると、自分の目線が随分低い位置にあることに気付く。 (この人は……もしかして私の父親? だとすると、この尚満という人とこの雲珠姫という少女は……)  蓮之丞は急に立ち上がると、「あっちで遊ぶぞ」という甲高い声を発して、強引に少女の手を引いて、部屋の外へと駆け出した。 * 「あやつ、覚えておったのか? 抜け目ない奴め」  がっはっはと兄弟は笑い合う。尚満は子供達の出て行った障子を閉め、おもむろに座った。 「それで兄者。本日の用向きというのは?」 「他でもない。蓮之丞と雲珠のことだ」 「はい?」 「上地家の家臣達が不穏な動きをしているのを、お前も知っておろう? 特にお主の家臣と儂の家臣は意見を違える事が多い。そこで儂は、二人を婚約させようと思う」 「何と……」  尚満の兄……上地尚盛(ひさもり)は、先程までの単純に姪の成長を喜ぶ優しい顔とは打って変わり、上地谷の領主としての厳しい表情に変わっていた。 「して、婚儀はいつ頃?」 「蓮之丞の元服後と考えている。もうすぐだ。蓮之丞は元服したら名を『尚親』と改めさせようと思っておる」 「上地尚親ですか……良い名ですな」  尚盛はおもむろに立ち上がると、再び障子を開いて中庭で遊ぶ互いの子供達を眺めた。そして祈った。近い未来、この上地を背負って立つ次期当主とそれを支える妻が、この地を守り、安寧をもたらすことを。上地の者全てが、いつまでも幸せに暮らせることを。  そして……上地家が未来永劫、子々孫々まで繁栄するように――と。 <私の前世は戦国武将(序章) 完>
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