4

1/1
前へ
/4ページ
次へ

4

 ひとしきり支度を終え、二人で戸締りを確認しているときに私は言った。 「喫茶店はいいや。べつのところに行こう」  彼はしばらく固まったまま私を見つめていたが、それじゃあ夕飯の買い出しに行こう、と応えた。今の間になにか言いたいことがあったのかもしれない。実は喫茶店に行きたかったとか。それとも他に外出する用事が何かあったかなと考えていただけかもしれない。でも彼はなにも言わないし。私も聞かない。  私は彼のコーヒーが嫌いではない。あのうすさも温もりも彼に似て気まぐれなあの香りも。老舗喫茶店の濃くて熱いブレンドコーヒーも素敵だけれど、彼の淹れてくれるコーヒーの方が私にはちょうどいい。彼のコーヒーの味が変わるのは寂しいので、あまり世間のコーヒーの味を知ってほしくないなと思ってしまう。  家を出て、近所のスーパーへの路を行きがてら、私たちは手を繋ぐ。彼は寝ぐせを直すことあきらめ、キャップをかぶっている。キャップのつばが影を落とし、彼の顔を隠している。彼のことは未だによくわからないことが多い。でも彼は私と手を繋いで歩くことが好きだ。これだけはわかる。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加