14人が本棚に入れています
本棚に追加
無言で歩き続けていた漣が急に立ち止まった。そのせいで鼻先を彼の背中にぶつけてしまう。悪態の一つや二つでもついてやろうと思ったけれど、その前に素直に耳を澄ませてみた。
確かに、先程まで私達が発する音以外に無音だった空間から、微かな音が聞こえた。
それは聞いていると背筋に悪寒が走るような音だった。例えば黒板に爪を立てるような、耳元で聞こえる蚊の羽音のような、それらに類するものだ。とても、とても嫌な感じがする。
「ちょっと、漣、宇宙船まであとどれぐらいなの? 私のことなら気にしなくていいから、走りましょう」
「走ったって、君、遅いじゃない。歩くのと変わらないよ。そのくせ体力はすぐに消耗するんだから。歩く方が効率的」
「失礼ね。少しは早くなるわよ。それにこういうのは気持ちの問題なの。ねえ、お願いよ。早く行きましょう。私、ここにいたくないわ」
音はどんどん大きくなる。比例して悪寒が強くなる。漣は平気なようだったけれど、異変を感じてはいるらしかった。私を落ち着かせようとして、落ち着いているのだろう。けれどパニックを起こした人に有効なのは、それ以上にパニックを起こした人を見せることだ。それを見ることで自分は落ち着かなくてはと考えるようになる。
なるほど、それは今の漣かもしれない。パニックを起こした私を見て、落ち着こうと考えているのだろう。では私はどうしたらいいのか。このままパニックのままでいいのだろうか。そんなことを考える。
「あ」
ガーネットの森をようやく抜け出そうとした時に、漣の間抜けな声。けれどそれ以上に間抜けな声を私は出してしまった。
「ひえ」とか「ほえ」とか、およそ日常では出さない声だ。でもそんな間抜けさを気にする余裕もない。
最初のコメントを投稿しよう!