アブルニー

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 緑に染まった頭蓋骨が、微笑んだ気がした。  あなたはここで何を見て、何をして、何を思ったのだろう。  地球は消滅した。多くのものを道連れに。  失ったものは多い。物質的にも、精神的にもだ。だからこそ多くの命も消えていった。直接的にも、間接的にも。レックスも、いつも明るかったのに、一度死のうとした。それを漣が止めているのを見たことがある。 「あなたも、悲しかったんでしょうね。だからここを死に場所にしたのかしら。地球から遠く離れた、誰もいない地で。それとも、あなたも地球を探してここまで来て、志半ばで死んでしまったのかしら」  頭蓋骨は何も語らない。ただそこに在るだけだ。それが私には心地よかった。  私には故郷を失くして悲しいという感情もわからない。  家族を失って悲しいという感情も理解できない。寂しさも、あまり感じなかった。  地球がなくても、家族がいなくても、私は生きていける。  私を薄情だと言う人もいた。ロボットというニックネームを付けられたこともある。そのことさえ、特に何の感情も抱かなかった。  そう思いたければそう思えばいいのだ。呼びたい名を呼ぶのはその人の勝手なのだから。それに無関心でいるのも私の勝手だ。けれど大多数の人間はそう考えない。私がそう呼ばれて悲しいとか辛いとか、感じてほしいらしい。  その気持ちだって、理解できない。  きっと私は実際薄情なのだろう。感情に乏しい。そのことを理解できても、ではどうすれば感情が豊かになるのかは、わからなかった。  わからないまま死ぬのも、仕方がない。  そこに何の感情もない。仕方ない、そう思うだけだ。  最後にこれだけはしたい、なんて執着もない。執着心はどこから生まれてくるのだろう。依存も固執も、自分を苦しめるものでしかないはずだ。その苦しみにも執着するものなのだろうか。ならば人は執着している自分に満足しているのだろう。なんと複雑な心理なのか。  単純でいたいと思う自分もいれば、その複雑さに憧れる自分もいる。それもまた複雑だ。  単純に、一途な自分になることができれば。それが一番、自分が望むことだろう。  漣みたいに、私はなりたいのだ。  それがわかって、少し驚く。同時に全てが腑に落ちた。  笑みが零れる。ああ、なんて楽しいのだろう。こんなにも生きてきて、まだ発見できるということは、素晴らしいことだ。 「レックス、御一緒してよろしいかしら」  レックスの隣に腰かける。  全てを単純に考えれば、世界はただ美しいだけのもの。  マラカイトの洞が、私を包んでいる。  緑の闇の底に私は沈んでいる。  沈んでいる私は一人だ。  一人とはなんて穏やかで満ち足りたものだろう。  いいえ、一人ではない。周りには、光。  ほら、この世界は美しい。  最期にこの美しさを目に焼き付けることができて良かった。
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