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「何を浸ってるのさ。ほら、帰るよ」
目を疑った。
密室なはずのマラカイトの洞に漣が立っていた。
しかも、私の頭がおかしくなったのでなければ、宝石もどきを連れている。
「なぜ、ここに漣がいるの? もしかして、私、本当に死んだのかしら。ここは天国? それとも地獄? え、もしかしてそれに乗って連れていかれるの? それだけは、それだけは勘弁してほしいわ。それだったら私、歩いていくから。走るのは苦手だけれど、歩くのは得意なの。どこまでも歩いていけると思うわ。だからお気になさらず。何日かかっても、地獄か天国かその他の場所かわからないけれど、行けと言う場所まで歩いていくから、だからその宝石もどきにだけは、乗りたくないわ」
「ちょっと、その喋りながら暴走する癖、直したら? 僕達は死んでないし、地獄とか天国とか信じてるの、研究者失格じゃないかな。科学的じゃないよ」
「暴走してるんじゃないわ。ただ思っていることを落ち着いて喋っているだけよ。本当人の悪口だけは達者なんだから。他の分野のお喋りも成長なさったらどうかしら。あなたは心の中で暴走する癖を直すべきよ」
はいはいと漣は溜息をつきながら宝石もどきの胴体に乗って、そこから私に手を差し伸べた。私の推測が正しいのならば、乗れということだろう。本当にサディスティックな男だと思う。私はそこにだけは乗りたくないのに。
でもきっと、そこに乗らないと本当に帰れないのだろう。ここから抜け出すには宝石もどきに頼るしかないのだ。
私は諦めて漣の手を取った。怖くて目を開けられない私を、漣は引っ張り上げてくれた。
「軽いなぁ」
漣の声が耳のすぐ横から聞こえる。声の当たる場所が熱い。これほどまでに彼に近づいたことはなかったかもしれない。
思えば、一定の距離を保ってきたのだ。物理的距離は心理的距離に比例するというが、実際その通りだと思う。
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