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「感慨に耽っていらっしゃるところ申し訳ないけれど、街の方の様子を見に行ってみましょう。少し、気になるわ」
リサの言葉の意味も深く考えず、僕は嬉々として頷いて先に歩き出した彼女を追い抜いて歩き出した。久しぶりの土も、コンクリートでさえも僕にとっては、初雪を踏みしめるみたいに、その上を歩くことができるのは楽しいことだった。ステップは軽く、歩くのが遅いリサに怒られる。
「今は夜かな。暗いもんね」
真っ暗の住宅街の中を歩きながら、独り言のように呟く。一応リサに向けて発したのだが、聞こえなかったのか無視されたのか、彼女は何も答えなかった。僕の二歩後ろを必死についてきている。少し申し訳なくて、歩調を緩めた。
「静かね」
リサは少し息切れしているようだ。無理もない。僕らはもう、百三十歳の老人なのだ。地球の技術で見た目は三十代のままに維持できている。若返りの星で僕は六十年分、リサはおそらく八十年分ぐらい時間を遡ったので、細胞自体は七十歳ぐらいではある。
それでも十分老人だ。
太陽系から消える前の地球の平均寿命から言えば、あと三十年くらいで僕は死ぬのだろう。だからこそ、死ぬ前に地球に来ることができてよかった。
「恒星の位置からしたら、今は昼過ぎに値する時間だわ。恒星が太陽ほどの大きさを持たず、発する光が弱いからこれだけ暗いけれど。全員寝てしまったとは考えにくいわね。ねえ、どこかの家に入ってみましょう」
「リサ、それは不法侵入っていうんだよ」
「警察機関が今も機能していて、警察官がいるのならばそうなるわね。まあ気になるのならあなたの家に行きましょうよ。ハルの家でもいいわ。二人は同棲していたのだっけ?」
「していた」
「あとどれくらい? できれば休憩したいわ。お水とか頂けるとありがたいんだけれど」
「わかった。わかったよ。あと十分ぐらい歩けばあるから、そこまで我慢して」
リサは素直に頷いた。まだ歩かせるの、鬼畜ね、だとか、水くらい準備しておきなさいよ、鈍感ね、だとかの悪態が飛んでくるかと思ってびくびくしていたけれどそうならなかった。安心して歩みを再開する。
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