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「ここは空気が重いわ、漣。宇宙船に戻らない?」
リサが肩で息をしている。言われれば、なんだかこの中は空気が濃い。息が少し詰まる。サウナの中にいる時に少し似てる。湿度が高いのかもしれない。
少し後ろ髪引かれたけれど、また来れば良いと思い、体調の悪そうなリサを抱えて部屋を後にした。部屋を出ると少しマシになったようだけれど、リサはまだ気分が悪そうだった。おぶろうかと提案すると、意外にも素直に従った。本当に体調が悪いのだろう。彼女は滅多に僕に頼ろうとしない。
おぶった彼女はとても軽かった。老人は小さく軽くなっていく。そういうことだろうか。でも彼女の方が僕より身体は若いはずだが。まあ老化の進度は人それぞれだし、彼女の場合もともと小柄なので体重は軽いのだろう。
宇宙船まで戻る時には、リサは少し元気を取り戻していた。取り戻しすぎたのか、川辺にシートを敷いて寝そべろうとまで言い出した。
僕は彼女の願いを叶えるために動いているのに嫌味を聞き続けながら女王様の仰せの通りにセッティングした。彼女はなぜかタブレットを持ってこいだの、食べ物や飲み物を持ってこいなど言って、我儘放題だ。その要求に素直に従う僕も僕なのだが、彼女には人に逆らわせない圧力がある。
シートを敷いて、宇宙船からレモン味の水とメロン味のゼリーを持ってくる。選択にセンスの欠片もないと罵られながらも、僕の気のせいでなければ彼女は少し楽しそうだった。
かすかに出ていた日も暮れ、辺りは真っ暗闇になった。街灯りもない地球は、ブラックホールみたいに黒い。遠く見える星明かりが僕らを照らしてくれている。それすらなければ、右も左もわからなかっただろう。
「故郷に帰りたいという気持ちをよく理解できなかったけれど、今は少し、わかるかもしれないわね。これまでいくつ星を渡ったか忘れたけれど、やっぱり地球が一番落ち着く気がするわ」
「君でもそんな心象になるんだね」
「私も自分で驚いているわ。漣のこと、馬鹿にし続けてきたんだもの。でもこれからはもう、馬鹿にできないわね」
それは良かったと言うと、リサはふふっと笑った。
そんな風に静かに笑う彼女を見たのは初めてかもしれない。百年近く一緒にいて、初めてだ。それは幻の生き物であるツチノコを見つけたみたいにすごいことのように感じた。
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