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「ハル」
ハルの形は拡散し、夜空に煌めく流星のようにきらきらと飛んでいった。
「ハル、待って」
手をいくら伸ばしても、ハルに届かない。僕はもう、ハルに出会うことは叶わないのだ。
それでも諦めきれなくて、彼女の気持ちを変えることができないかと考え、僕の右手はズボンのポケットへと伸びていた。僕はいつもそこにフランを入れている。フランを使えば、彼女の気持ちを変えるということ自体は生命に関わることではないからそれほど寿命を取られずに願いを叶えることができるだろう。
だけど僕の右手は動きを止めた。思考も一瞬止まる。これは止めたのではなく、止まったのだ。
フランが、なかった。
ずっと肌身離さず持っていたのだ。
なのに、ない。
思考が再開する。どこかで落とした覚えもない。硬いものだ。落とせば音がする。気付くはずだ。記憶を巻き戻す。起きた時にフランをポケットに入れたことは覚えている。
地球に降り立つ時もその存在を確認した。宇宙船に忘れたということはないはずだ。地球を歩いている間の記憶はないが、落とした音はしなかった。絨毯の上を歩いたわけでもないから、音が吸収されたはずもない。
だとすれば。
一つの可能性を思い立つ。
故意に抜き取られた。
もしそうであるならば、答えは一つだ。リサが抜き取った以外に有り得ない。理由はわからないが、それ以外にその行動をとる人間はいない。取ることができる人間がいないと言い換えてもいい。
リサはどこだ。辺りを見回す。一見して河川敷のどこにも彼女はいなかった。
いつからいなかったのだろう。ハルがタブレットの中で姿を現した時までは確かに隣にいた。だがそれ以降の記憶がない。ハルと会えるかもしれないことで注意が逸れていた。
いや、注意などしていなかった。僕は夢中だった。
ハルにもリサにも没頭しすぎだ、視野を広げろと何度も言われていたのに。
僕は初めて心底自分のことを恥じた。
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