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初めての海外です!
「ミヒロちゃん、大丈夫?」
心配そうに中年の女性が何度も娘にそう尋ねる。
本編主人公、長三山(ながみやま)ミヒロは今国際空港にいて、海外研修へ旅立とうとしていた。
この就職難、やっとのことで就職が決まった。それはタンタン旅行会社という不思議な名前の会社だった。就職浪人なんて許さないという両親にせっつかれ、やっと手に入れた就職先だ。
海外なんて全く興味がない。それなのに、ミヒロは旅行会社に就職。しかも今、海外に行かされようとしている。
ロビーには旅行や出張で海外に行く人々が、見送りにきた友人や家族達と談笑しており、賑わいを見せていた。
そんな中、ミヒロは他の人々と同じように両親と別れの挨拶をしていた。
別れ……別れと言っても1週間ほどの海外研修にすぎない。
それはある日社長の一言で決まった研修。
「海外でも行ってくる?」という言葉でミヒロは海外研修に行かされることになり、人生で初めてパスポートを作ることになった。どうにか研修日に間に合い、こうして海外に出かけるべく両親と別れの挨拶を交わしている。
実際のところ、ミヒロは内心不安でいっぱいだった。海外なんて興味ないと大学で留学システムがあるのにも拘らず行かなかった。海外なんてできれば行かなくてすめばと思っていたのだ。
しかし運命の神のいたずらか、ミヒロの海外出張は決まってしまった。
(私は立派な大人だ。心細いなんて言ってられない)
ミヒロは自分にそうはっぱをかける。
両親は心配げに娘を見つめている
(だめだ。ここで不安な顔をしちゃ)
親孝行の娘は不安な気持ちを追いやって、にこりと笑った。
時計をみると離陸時間まであと30分だった。
「ミヒロ、毎日電話かけるように。日本から好きなもの送ってやるから」
1週間しか出かけないというのに、父がそう言うと寂しく笑う。
「父さん、私1週間しか出かけないし。向こうには日本のスーパーもあるんだって。だから心配しないでよ」
ミヒロがこれから行く場所は日本人が多く住む国であった。日本食にはことかかないらしい。父は、娘からそう聞いていたが心配だった。
「ミヒロ、悪い人につかまっちゃったら駄目よ。あんたは男性経験少ないんだから。すぐころっと騙さるんだから」
「母さん!」
母のぎょっとするような言葉に、ミヒロは大声で母を呼ぶ。母の言葉か、娘の声に周りにいた人達が母子を見る。ミヒロはわざとらしく咳払いをすると母を睨みつけた。心なしかその顔を少し赤い。
ミヒロは母が言うように男性経験がほとんどなかった。付き合った彼氏は1人で、もちろん経験もそれだけだ。その彼氏ともかなり前に別れている。
でもそんなことを空港で言う必要はなかった。娘は母を睨みつけるのをやめると再度腕時計を見た。
もう搭乗口にいく時間だった。
「あー、もう行ってくるわ!たった1週間よ。すぐ戻ってくるから。着いたら電話する」
ミヒロは名残惜しそうな両親に手を振ると、背を向け搭乗口に向かう。
「ミヒロ!外人に気をつけるのよ!」
母の声がそう聞こえたがミヒロは背を向けたまま、手を振り搭乗口をくぐった。
6時間ほど快適な空の旅を終え、スーツケースを受け取った。そして嫌々ながら持っていくように言われた「長三山ミヒロ」とマジックペンで大きく書かれたA3の白い紙を広げる。
到着ロビーは迎えに来る人でごったがえしていた。
日本から来る便だったため、待っている人も日本人が多いように見えた。
でも聞こえてくる言語は英語、中国語様々だった。
(見た目は日本人とほとんど変わらないなあ~。待ってる人って誰なんだろう。せめて男か女、聞けばよかった。でも、普通は聞かなくても言うよね)
ミヒロがそう思って、スーツケース、白い紙を片手にロビーを見渡していると2人の男の姿が目に入った。
2人とも同じアロハシャツを着ている。
1人は王子様系の男で、さらさらした黒髪のほっそりした体にアロハシャツが微妙に浮いていた。
もう一人はサングラスをかけた背の高い男で、浅黒く焼けた肌にカラフルなアロハシャツが妙に似合っていた。
(まさか、あれ……?)
よく見ると見覚えのあるアロハ柄だった。
ミヒロがそう思い、目を凝らすとサングラスをかけていた背の高い男の人がサングラスを外す。
男は褐色の肌に切れ長の野性味あふれた美男だった。
ワイルド系美男は目を凝らしてじっとミヒロを見つめる。実際に見つめていたのは彼女の持つ白い紙だったのだが、美男に見られてそう勘違いする。
男はミヒロが自分を見ているのに気付き、皮肉気な笑みを浮かべた。
(うわ……。なんか自信過剰な笑顔だ)
ミヒロはそう思い、視線を逸らす。しかし男はそんな彼女にかまわず王子様系男子に声をかけると歩いてきた。
(げ、やっぱりそうなの)
赤面していく自分に冷静になれっと言い聞かせているうちに、2人の男は彼女のすぐ側までやってきた。
側に2人が立ち、ミヒロはますます自分が動揺するのがわかる。
今まで生きてきた人生の中でイケメンと呼ばれるタイプの男が側にくることはなかった。
それが今、2人も側に立っている。
「シンサン、本当にコノ人がナガミヤマなんですカ?オスモーサンじゃないですヨ」
「期待はずれだったな。全然普通だった」
ミヒロは2人が交わす言葉にかちんと頭にくると同時に、会話から王子様系の男子が日本人じゃないことがわかる。
「えー、ボク、オスモーサンと会うってブログに書いてしまいましたヨ」
「すまん。すまん。俺はてっきり長三山っていうから、すんごい巨漢の女かはたまたすごく可笑しな奴がくるかと思ってんだ」
「……」
ミヒロを無視して続けられる会話にその顔が引きつる。
確かに力士の名前に似ているミヒロの苗字、からかわれたこともあった。しかし、大の大人になってまで、こう取り上げられたのは初めてだった。
「シンさん、ボクの今日のネタ返してくださいヨ。ボク、ブログでお金稼いでるんデス」
「じゃあ、しょうがないな。俺の友達の秘蔵の写真を後で送ってやる。だから、それで簡便な」
「……ショーガナイですね。オモシロイモノにしてくださいネ」
2人の話はそれでまとまったようで、2人の美男はミヒロに目を向けた。
ミヒロは頭にくるやら、美男から見られ、恥ずかしいのやらで複雑な気持ちになる。
しかし2人の男はそんな彼女の様子に構うことなく笑いかけた。
「すまん、すまん。長三山さん。南の国へようこそ。俺はタンタン旅行社海外支社、社長の館林(たてばやし)シンノスケ、こっちがガイド兼スタッフのパトリック・コー」
「ヨロシクお願いシマス」
ワイルド系美男館林がそう紹介し、パトリックと呼ばれた王子様系美男がにっこりと笑った。
「……こちらこそよろしくお願いします」
ミヒロはどう反応していいのかわからかったが、反射的に口はそう言い、頭を下げていた。
頭に来ていた。しかし、2人の美男の笑顔にミヒロの怒りは行き場所を失い、2人に案内されるがまま、歩くしかなかった。
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