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研修初日 スカイタートルのいる国で
「オハヨウ」
宿泊先のサービスアパートに迎えに来たのは王子様系美男のパトリックだった。
さわやかな笑顔を朝から振りまかれミヒロは戸惑う。
あの後2人は空港からミヒロをサービスアパートまで送ると、さっさと帰ってしまった。一応翌朝8時に迎えにくると言われたが、初めての海外で、ミヒロは不安でいっぱいだった。
しかし負けず嫌いの新人社員、自分の名字をネタにした2人に弱みは見せられないと笑顔で見送った。
サービスアパートはホテルとは違い一応台所も洗濯機もついた高級なアパートのような作りだった。食事はついていないが、毎日ホテルの様にメイドが掃除してくれるので掃除嫌いのミヒロにはありがたい場所だった。しかし、テレビをつけ、日本語が流れないことに一抹の寂しさを感じ、親にとりあえず電話をするとそのまま寝てしまった。
「この国ドーデスカ?」
運転席のパトリックはきらきらとした笑顔を向けて、そう聞いてきた。
「えーと」
昨日来たばかりで感想もなにもと思いながらミヒロが戸惑いをみせていると、王子様が再び口を開く。
「ナガミヤマさんは来たばかりでわからないデスネ。そのうちボクが案内してアゲマス」
「……ありがとうございます」
彼女が照れたように赤くなって俯くとパトリックが急に思い出したように顔を輝かせた。
「ナガミヤマさんはカワイイ人ですね。誰かにニテルと思ったら、ワ○ピースのナミサンに似てマス。胸が大きくないデスケド」
「?!」
(ワ○ピース?!ナミ?!胸が大きくない?)
ミヒロが目を点にして、凝視するとパトリックはふふふと嬉しそうに笑う。
「ボク、ワ○ピース大好きナンデス!オスモーサン見れなカタノハ残念デスガ、ナガミヤマサンがナミサンに似てて嬉しいデス」
王子様風美形だが、アニメ好き発言をし始めたパトリックにミヒロは声を失う。しかし茫然としている彼女を無視して、王子は会社に着くまでワ○ピースのどこへんが好きだとか、どのキャラがどうなのやらと話し続けた。
(疲れた……)
アニメの話を聞き続け、30分後、ミヒロは会社に到着した。
なんだかどっと疲れたミヒロだった。
しかし当のパトリックはまだ話し足りないようで、今度はワ○ピースではなく、別のアニメの話を始める。
(どこでそんな漫画?アニメを?)
クエスチョンマークを浮かべながら、ミヒロはタンタン旅行社の入っているビルを見上げる。
近代的なビルが立ち並ぶ中、そのビルだけが色が違った。
薄汚れた茶色の建物、窓は黒くて中が見えなかった。
「ナガミヤマサン?」
戸惑うミヒロにパトリックが薄暗いビルの中から声をかける。
(大丈夫よね?)
不安を抱きながらミヒロはビルの中に入った。
タンタン旅行社は5階にあった。
外は怪しげだったが、ビルの中は割と普通だった。エレベータががちゃがちゃと音を立てながら上がることに怯えたが、無事にミヒロ達は5階に辿り着く。
廊下を一番端まで歩き、「Tan Tan Travel Agency」と表札のかかったドアの前で止まる。
パトリックはノックをするとドアが開けた。
「オハオウゴザイマス」
「おはよう~」
「Good morning」
彼の声に反応して、一番奥に座っていたワイルド系美男、もとい社長の館林シンノスケが顔を上げ、入口付近に座っている若い女性、年頃は二十代半ばの女性が挨拶を返す。
眼鏡をかけ、きつそうな印象だが、女性がいたことにミヒロはほっとした。
「長三山さん、挨拶は?」
「あ、おはようございます」
館林にそう指摘され、ミヒロは慌てて頭を下げた。
(結構こういうとことはうるさいんだ)
そう意外に思うミヒロに館林はよしよしと満足そうにうなずく。
(なんか偉そうなところがむかつくけど。あ、でも社長か。忘れていた)
昨日のアロハシャツとその外見ですっかり社長という立場を忘れていたミヒロは慌てて自分の考えを改める。
「よし。長三山さん。パトリックは昨日紹介したし、今日も迎えに行ってもらったからわかると思うが、アイリーンの紹介がまだだったよな。この女性はアイリーン・ホワン。うちの会計を担当する。そっけないが仕事はきちんとする」
シンノスケの言葉が終わるとアイリーンと呼ばれたちょっと怖そうな女性が立ち上がる。よく見れば綺麗な人で、黒ぶち眼鏡にきゅっと一つに結ばれた髪がその美しい顔を駄目にしている印象だった。
「My name is Aileen. Nice to meet you」
「My name is Mihiro NAGAMIYAMA. Nice to meet you, too」
ミヒロがアイリーンにそう返し手を差し出すとアイリーンは軽く握り返した。しかしにこりともしないですぐ席に戻る。そのそっけない程度に愕然としていると後ろで黙っていたパトリックが声を上げた。
「ファーストネームはミヒロっていうんデスネ。ナガミヤマは長いからミヒロって呼んでもイイデスカ?」
「はい、もちろんです」
美しい笑顔でそう言われ、ミヒロは騙されちゃいけない、この人はこういう人だと自分に暗示をかけ、うなずく。
「たしかにナガミヤマは長いよな。力士みたいだし。俺もミヒロって呼ぶから、よろしくな」
「……はい」
力士って、その言葉にかちんときたが、上司だ、社長だと思って、ミヒロは怒りを悟られないように返事を返す。
「さあ、仕事始めるぞ。今日はパトリック、午後3時に飛行機が到着するから迎え頼むな。それまでは来週の修学旅行生の最終スケジュール確認を頼む。ミヒロ、お前は俺についてこい。勉強のために街を案内してやる」
そう館林に強引に言われ、ミヒロはわけもわからぬまま、街に出ることになった。
駐車場に向かい、すっかり朝の日差しで熱くなった車にエンジンをかけ、冷房を入れる。
「よし、結構冷えたな」
館林はそう言うと助手席をミヒロに薦め、なにやらトランクのほうへ歩き始める。そして、どさっと大量の本を彼女の膝の上に置いた。
「ミヒロ。明日までこれを読んでおいてくれよな。この国の歴史とか色々書いてあるから」
「?!」
膝の上に大量の本に目を落として顔を引きつらせるミヒロに社長はいつもの自信過剰な笑顔を浮かべる。
「ミヒロ、お前の目標はこの1週間で立派なガイドになることだ!明日はパトリックについてツアーに同行してもらうぞ。今日は俺がこの国を案内してやる。本を見ながらしっかり覚えるんだぞ」
「ガ、ガイド?!」
そんなこと予想もしていなかった。バスやホテルのアレンジの仕方などを教わるだけだと思っていた。まさか、自分がガイドをする羽目に、そういう用途の海外研修だったとは寝耳に水だった。
「あれ?聞いてなかったのか?おやっさん、言うの忘れてたかな?年だからなあ」
顔を蒼白にさせて、ぱらぱらと本をめくるミヒロの隣で館林は独り言のようにそう言う。
「ま、心配するな。案外単純な国だ。その本も結構写真が多いからな。さて、シートベルト締めて。まずは観光スポットからめぐるぞ」
ミヒロの肩をぽんぽんと叩き、すこし気の毒そうにそう言い、館林は車を走らせた。
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