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「ううん、そんなことない。ただ、お洒落な店だから驚いただけ」
「たまには良いんじゃない? せっかくの誕生日なんだしさ」
「覚えててくれたんだな」
「当たり前でしょ。恋人の誕生日を忘れる酷い男じゃないって」
恋人という響きに周りの目を気にするよりも喜びのほうが勝っていた。誕生日を両親以外と過ごしたのは今日が初めてだ。外食に誘われた時点で期待していなかったわけじゃないけれど、自分のためにお店を探してくれた姿を想像すると、嬉しくて仕方ない。
透は俺の初めてをこれからいくつ奪っていくつもりなんだろう――。
「コース料理を予約したんだけど、メインディッシュは今から選ぶみたい。お肉とお魚どっちかいい?」
「断然、肉」
「だよねぇー。俺も肉にしよっと。あ、お酒も飲んでもいい?」
「酔っ払うなよ。お前のこと家まで引きずって帰んのヤダからな」
透はお酒があまり強い方ではない。酒豪の同僚に付き合って飲んで潰されて帰ってきたこともあった。
「帰らなくていいじゃん。来る途中でラブホ見つけたよ」
「ばっ……!」
大声をあげそうになったところで、ウェイターがやってくる。慌てふためく俺をよそに透は何食わぬ顔で注文を始めた。誰が聞いているかわからないのに、破廉恥な事を言わないでほしい。
胸をドキつかせていると、ウェイターと目が合い、俺の顔をじっと見つめてくる。さっきの会話を聞かれたのだろうかと、額に汗が滲ませていると……。
「本日は弟さんの誕生日ですか?」
「へ?」
まさかの問いにぽかんとしている俺に代わって、透が返答する。
「はい、そうなんです。年の離れた弟でしょう? 両親が海外に出張中なので、兄弟水入らずで過ごそうってことになって」
「仲のいいご兄弟ですね」
ウェイターは気持ちのいい笑顔を見せて、店の奥へ消えていく。勘違いする店員も悪いが、口から出まかせを言って飄々とかわす透に苛立ちを隠せない。
(何が兄弟だ。どこからどう見ても似てねぇじゃねぇか。堂々と恋人宣言されても困るけど!)
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