水色のこいごころ

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なつみから数学の教科書を貸してもらった。 うっかり忘れたんだけど、忘れてよかった。 私が借りる直前に、航介くんが借りていたらしい。そんなこと、考えただけで胸が高鳴る。 教科書の表紙をそっと撫でてみる。航介くんが触ったところを私も触ってるんだ……。 いけない。馬鹿なことしてないで、少しでも予習をしなきゃ。 あわてて教科書を開くと、裏表紙のあたりから、なにかがぽとんと床に落ちた。 拾い上げてみると、それは水色の封筒だった。表には、なつみの名前が書いてある。 ラブレターだ。きっと。 水色はなつみが好きな色。 航介くんは、それを知っている。昔から。 私はぎゅっと目をつぶった。頭がくらくらして口の中に苦い味が広がった。 航介くんとなつみは幼馴染だ。幼稚園時代からの付き合いらしい。 私が二人に出会ったのは高校の入学式。講堂の場所がわからずにウロウロしていた私を、航介くんが見つけてくれた。 一目ぼれ、だったと思う。 講堂までの道を並んで歩いていると、なつみが走ってやってきた。 航介くんとなつみの仲のよさに、二人は恋人同士なのだと思った。私は航介くんと出会ってすぐに、一度目の失恋をしたのだ。 けど、その後なつみに聞いたところ 「ないない!航介とあたしはただの腐れ縁。それだけだって」 そう言って、私の背中を勢いよく叩いた。 私は天にものぼる気持ちになった。でも、その気持ちは長くは続かなかった。 航介くんから聞いて欲しいことがあると、屋上に呼び出された。 私は足が震えるほど緊張しながら約束の場所に向かった。 でも、待っていたのは、なつみへの恋心をどうすればいいのかという相談。私は二度目の失恋をした。 航介くんは顔を真っ赤にしてうつむきながら話した。その姿は、私のためではない。 すべてなつみのためにあるものなのだ。 航介くんの心は、なつみのものだ。 そう思っても、私にはどうしても、どうしても。 『がんばって』と言うことができなかった。 代わりに出てきた言葉は『なつみ、好きな人がいるらしいよ』だった。 私は好きな人に嘘をついた。 嘘なんかすぐにばれると思っていたのだけれど、その時なつみには本当に好きな人がいたそうだ。 航介くんは、なつみへの気持ちを封印して、幼馴染として接することに決めたらしかった。 私は航介くんに同情するふりをしながら、内心ではほくそ笑んでいたのだ。 そのバチが当たったのかもしれない。 今、私の手の中には航介くんからなつみへの、ラブレターがある。      どうしよう。このままやぶって捨てようか。 それともこっそり、中をのぞいてしまおうか。 封筒は一箇所をかるく糊付けされているだけで、簡単に開きそうだった。 簡単に開いて簡単に元通りに糊付けできそうだった。 胸が痛いほど、どきどきしている。 私が知るかぎり、今、なつみには好きな人がいない。以前の人とはうまくいかなかったのだ。 この手紙を見たら、なつみは航介くんのことを好きになってしまうかもしれない。 そうだ。捨ててしまおう。 私が捨てたなんて誰にもわからない。 私が教科書を借りる前に、どこかに落ちてしまっていたんだ。 もしかしたら、なつみが後で読もうと思って忘れてしまうことだってあり得るんだから。 そうしよう、捨ててしまおう。 そう決めて、私は周りの目を気にしながら水色の封筒を机の中に隠した。 結局、予習なんかできないまま、数学の授業が始まった。 教科書のページをめくると、そこになつみの落書きがあった。 「Dear My Best Friend.忘れん坊ぐせ、なおせよ!」 文字が滲んだ。 Dear My Best Friend. 私の目に涙がたまっていた。 なつみがキライ。いつも私の先を行って、私はここから動けない。 なつみがキライ。いつもみんなに好かれていて、私とはおおちがいだ。 なつみがキライ。航介くんに好かれてることなんて、気付かない。 なつみがキライ。なつみがキライ。なつみがキライ。なつみが…… でも、どうしようもない。 目をぎゅっとつぶると、なつみの笑顔が浮かんでくる。 なつみがキライ。でも私は、なつみが好きだ。 Dear My Best Friend. なつみが、好きだ。 私は机から封筒を取り出すと、そっと教科書の最後のページにはさんだ。
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