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深夜の森の中、俺は朦朧としながら月明かりに照らされていた。
なぜこんなところに立っているかもわからず、思考も曖昧だ。
昨日は夜更かしはしていないはずだが、とにかく眠い。
薄くなる意識の中で、その声は聞こえた。
「お兄ちゃん!」
妹の声だ。
俺を呼んでいる。
なんだよ、そんなに慌てた声を出して、お兄ちゃんは今すごく眠いんだよ。
俺は声を出すこともままならない意識の中、再びその声を聞いた。
「お兄ちゃん! 」
どうせまた俺をからかってるんだろう。昔からあいつはそういうやつだ。
妹は落胆した俺の顔をまじまじと見つめると、人の不幸は蜜の味とでも言うかのように甘美に頰を緩める。
『だけど憎めない可愛い俺の妹。』
そんな妹の顔を拝もうと、眠いまぶたをこじ開けて、重たい頭を持ち上げて、妹が呼ぶ方を、たった一人の妹の姿を確認……
「助けて!」
「??」
……妹の姿は確認できた。
だが、その姿は想像からはかけ離れている。
自慢の黒髪は四方八方に乱れ、大きな瞳は涙で溢れ、頰は蜜を味わって緩んでいるどころか、溢れた涙でぐちゃぐちゃに濡れている。
突然見せられた妹のその姿に、霞がかかっていた脳内が急激に沸騰したように熱くなり、腹の底から例えようもない怒りが煮え上がってくる。
『誰だ、俺の妹をこんなにしたやつは、誰だ!』
収まりきらない体内の怒りが、声にならない音となって、口の端から漏れ出す。
この溢れ出る怒りを早く放出しないと体が耐えきれず弾けてしまいそうだ。
その相手はすぐに見つかった。
妹を二人組で羽交い締めにしているそいつらだ。
そのうちの一人が右手を大きく空に向けて振りかぶった。手の先端に何か持っているように見える。
そのてが最上部へと持ち上げられたその時、月明かりに照らされて刃先が光った。
「刃先?」
これから目の前で何が行われようとしているか瞬時に理解し、途端に恐怖に身体が固まり呼吸すらままならない。地面に鎖で縛られているかのようだ。
だが、それ以上に湧き上がる怒りが体の鎖を引きちぎろうと争っている。
『そんな事は絶対にさせない!』
あまりの怒りに視界が赤く染まり、思考が乱れていく。
何故かどんどん眠くなり意識が遠くなっていく。
「キャーー!!」
妹の悲鳴が聞こえ、離れていった意識が自分へと戻ってきた。
しかし、目の前には妹と二人組は消えていた。
「お、おにい、ちゃ、ん」
後ろから今にも消えてしまいそうな声が聞こえる。
わけがわからない中、とにかく妹の安否を確認するため声の聞こえた方へと急いで振り返る。
「!!」
またしても信じられない光景が、そこにはあった。
「とう、さん? かあ、さん?」
腹部が横に一直線に真二つになった両親の身体が月明かりに照らされ、枯葉の上に転がっていた。
それを目にしたとたん、沸騰していた脳が急速冷凍されたかのように冷たくなり、気づけば膝から崩れ落ちていた。
落ち葉が自分の膝に潰される音と感触が妙に生々しく、これが現実であることを実感させる。
恐怖と絶望から涙が溢れ出してくる、その涙を拭うと。
『ぬる……』
手に何か付いているようである。涙を拭った際に目に入ってしまったのか滲みる。
付いているものを確認するため、自分の手を見ると。
「赤い」
そこにあったのは鉄臭い赤。自分の手が月明かりでさえわかるほどにどす黒い赤に染まっていた。
「なんで……? 俺が、父さんと母さんを……」
そう言いかけた瞬間、妹がこちらに何か伝えようと必死に口を動かしている姿が見えた。
しかし何を言っているかは聞き取れない。
意識がどす黒い赤に塗り潰されていった。
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