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「…え?」
またしても、わたしの願望がうっかり口からすべり出たのかと思って焦ったけど、どう考えても、その言葉はわたしではなく、松田くんから発せられていた。だってわたしの耳が、松田くんの声を聞き間違えるはずがない。
思わずまじまじと、松田くんを見てしまった。
「ま、松田くん、それってどういうこと」
「まあ…そういうこと」
そう言う松田くんの手には、わたしと同じく夏限定ラベルのサイダー。ただしそちらには、「夏恋の音、はじけてる?」と書かれている。
そう言えば、今日のシフトは7時まで。お客さんも少ないし、この補充が終われば、店長なら「今日はもう上がっていいよ」って言うかもしれない。
もしかして、だから、早く終わらせたがっていたのかな、最初から。だとしたら、今までの認識を、ちょっと改めないといけないのかも。松田くんには、聞いてみたいことがたくさんある。
「ま、だから早く終わらせて、バイト上がろ」
そう言った松田くんの耳が、少しだけ赤くなっているのをわたしは見逃さなかった。
「…うん!」
今度こそ心から同意して、勢いよくサイダーを棚に押し込む。「そんな急いだら炭酸やばいでしょ」と松田くんがちょっと呆れたように言うけど、だってとめられない。大丈夫、お客さんいないから。すぐ買って飲もうとして困る人たぶんいないから。だから大丈夫。
ガコガコガコン!と棚におさまったサイダーのペットボトルの中で、ぱちぱちぱち、と泡がはじけた。
夏恋の音ってこんなやつかな、と、ひそかにわたしは思いながら、松田くんといっしょに行きたい場所を、考えていた。
fin
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