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あの日から、わたしはすっかり沼にはまってしまったのだ。シフトがかぶれば心の中でガッツポーズし、お客さんがいなければいないほど雑談できる喜びを感じ、そして、…今日みたいに、いっしょにジュースの補充ができる日は、最高なのだった。店長もお客さんもいない、二人だけの空間が、わたしにとっては奇跡と同じくらい、幸せなことだったから。
しかし、松田くんにとっては違う。これは、ただただ早く終わらせたい雑務のうちの一つでしかないのだった。
「よーし、あとコーラとサイダーで終わり」
終始やる気なさそうだった松田くんが、ようやくちょっとうれしそうな声を上げる。
「そだね」
早く終わらせちゃおっか、としかたなくわたしも同意して、ペットボトルの入った段ボールをぺりぺりと開けた。
ガコガコン。わたしの幸せ時間が1本、2本と減ってゆく。あーあ。
「このまま、冷蔵庫に閉じ込められちゃったらな」
「えー。やだよ僕そんなの」
いけないいけない。うっかり願望が口からすべり落ちてしまって焦ったけど、松田くんが笑い飛ばしてくれて助かった。
まあ確かに。わたしの武器、ひんやりした手も、ここでは何の役にも立たないのだし。しょうがない。
手にとったサイダーのラベルには、夏限定のイラストが描かれ、「夏、恋しよっ」というキャッチフレーズまで添えてある。
してるよ。夏恋どころか、ずっとしてるよ。海辺で楽しそうに青春している二人のイラストを、ついつい恨めしそうに見てしまう。かたや、夏恋真っ最中のキラキラした二人。かたや、冷蔵庫でキンキンに冷やされている二人。
もちろんわたしだって、何も冷蔵庫だからいいってわけじゃないんだよ。ただ、二人きりになれる場所がここしかないってだけで。
もしできることならばもちろん、
「こんなとこじゃなくて、もっといいとこで二人になったほうがいいよ」
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