準探偵ごっこ

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 聞き間違えではないだろうか。思わず「えっ?」と漏らす。レイルはもう一度、今度は先ほどよりもゆっくりと言ってくれた。しかし発された文字列は、残念ながらついさっき聞き取ったものと一文字も変わらない。  佐々木みおん。去年、同じ一年五組だった少女。黒い髪は茶色いリボンで結ばれていて、黒くぱっちりとした目が印象的だった。童顔だが身長は俺よりも高いと思う。明るくて、常にクラスの中心にいた。積極的な子で、すぐに誰とでも仲よくなってしまう。  初めて彼女と話したときの内容は今でも覚えていた。入学式のことだ。横に四つ並べられ、その後ろにずらりと列を成している椅子の集団が六つに分かれていた。私立桜田高校の一年生のクラスは六。それに合わせたものだ。一クラスに約四十人いるのだから、おそらく縦には十の椅子が並べられていたはずだ。椅子は番号順に座る。佐々木と小林は隣同士だった。上京したばかりで、周りは知らない顔ばかり。緊張に顔が強張っていたのだろう。隣にやってきた佐々木さんは声を上げて笑っていた。 「緊張しすぎだって」 「えっ、あっ、いや、えっと……」 「私、佐々木みおんっていうの。君は?」 あれがなかったら、入学式の間中も緊張から逃れることはできなかったと思う。  佐々木さんが、死んだ。あまりに急なことに、ピンとこない。呆然としているとレイルが一方的に現場の説明をし始めた。  佐々木さんは今朝の七時頃、桜田高校の部室棟裏の木の陰に、部室棟と平行になるように倒れていた。第一発見者は、用務員の人。制服姿で、上履きを履いていた。首には絞められた跡があることから、窒息死と思われる。首のひっかき傷は防御創だ。近くにひもが落ちていたので、それでやったという線が濃厚。首の裏にはかすり傷。髪が少し汚れていたことから、引きずられてきたのではないかと思われる。だがそれにしてはジャケットがほとんど汚れていない。  ひもは科学部の部長、早川ことが夏の自由研究の材料としていたもの。どうやっても切れない、鋼鉄のようなひもを作る研究をしていたらしい。  やはり科学部員がすることは謎だ。そもそもまだ春になったばかりだというのに、いささか気が早すぎはしないだろうか。なんだかんだ言ってうちの学校は「スーパーサイエンスハイスクール指定校」とかいう意味のわからない称号を得ている。化学室に揃っているものはかなり充実していると聞いた。一年間の授業で何度か使うことはあったが、中学の理科室と大して変わりはなかったようにも思える。科学部に入れば見られるのかもしれないな。  諸条件から真っ先に疑われたのは早川ことだった。今年から三年生。顔を見たことはない。事件当日は風邪で部活動を休んでいたらしい。だが両親共に出張に行っていたし、姉は仕事で朝早くから外に出ていたから、確固たるアリバイがない。ひもから指紋は検出されなかった。  レイルはこれらの事実をできすぎていると感じたらしい。高校生が思ったならば、あまたの事件を見てきた警察だって思ったに違いないだろうが、言わないでおいた。何ができすぎているのかと言うと二つに分けられるそうだ。  一つ目は、どうして遺体を学校に放置したのか。学校に置いておけば見つからないはずがない。いくら木の後ろにうまく隠したところで、少なくとも放課後の清掃でばれてしまうぐらいの予測はできたはずだ。どうしても学校に隠したいのならば、もっとうまく隠せる場所が学校内にはいくつもあるのにわざわざ外に放置した。まるで見つけてくださいとでも言っているかのようで気持ちが悪い。  二つ目は、ひも。犯人はレイルの目からすると、用意周到。これといった決定的な証拠が残されていない。しかし凶器を遺体のすぐそばに落とすという初歩的なミスをした。その割には指紋をきれいにふき取っている。あえて落としていったとしか思えない。加えて今回のひもは普通の麻でできたひもよりも硬く、色がやや銀色に近い。どこの誰の所有物なのかが一目瞭然で、容疑が早川先輩に向けられるのは必至だ。逆に本人がやったようにはとうてい思えない。 「ひもの方はわからないけど、遺体を学校に置いていったのは、運ぶ手段がなかったからじゃないの」  瞬間、レイルが目を細めた。ありありと軽蔑がにじみ出ている。 「小林は学校の勉強はできるけど、私生活だと役に立たない」  口元が引きつった。人の死が私生活の一つに含まれるなんてごめんだ。 「運ぶ手段、作ろうとすれば可能。ばれたくなかったら意地でも考えて、目立たないところ持ってく」 「じゃあ、ばれたかったんじゃなくて?」  レイルが首をひねる。 「自分で殺したってところを見せたかったんじゃないかって」 「サイコパス、やだ」  やだと言われても困る。犯人はレイルの好みなど気にせずに殺すだろうし。だがまだ納得がいっていないようだ。首が傾いたままを維持している。しばらく黙った。異常に長い時間、沈黙の中に置かれているような気がする。耐えられなくなって何かをしゃべろうかと唇を動かしたと同時に、レイルが言葉を発した。 「だとして、どうして科学部のひもなの」 「いや、そんなの俺にはわかんないよ。たまたまあったからとかじゃないかな」 「サイコパス、もっとこだわりある」  言葉に詰まった。どうにか他の方向性がないかと模索する。残念ながら全く思いつかない。レイルがこちらを何ものも見ていないかのような瞳で凝視しているのがわかる。じっと一点を見ているのとは違う。彼女は何かを捉えようとするとき、それが例え生き物であったとしても固体を見るような目つきになる。最初の頃はかなり気味が悪かった。  やはり何も思い浮かばない。仕方なく両手を上げる。レイルが首を縦に振った。 「勝った」 「いや、勝負してないし」  それにしても、どうしてレイルはこのようなことを知っているのだろうか。
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