準探偵ごっこ

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 本来なら、今日でたった二週間しかなかった春休みが終わるはずだった。けれどどういうわけか学校側が自宅待機を命じてきた。自宅と言ってもここは寮だから、寮内待機とでも呼ぶ方がいいのかもしれない。何にせよ本日、四月八日の始業式は延期された。確か午後には入学式もあったはずだ。早くもこんな調子では、新入生もがっかりだろう。  思いがけなく春休みが一日増えた。もうすぐテストだし勉強でもするか、と勉強机の前にあるキャスターつきの椅子に座る。前髪が目にかかった。引き出しをあさる手を止めて、前髪を持ち上げてみる。なかなかの伸び具合だ。  一年前、この寮にきたときは眉上だったはずなのに。そういえば引っ越していざ部屋に入ったとき、六畳の狭さには度肝を抜かれたな。左半分を縦断するベッド。右端に置かれた無機質な勉強机は表面がでこぼこしていて、常に下敷きが必要になる。家具は必然と右に集中した。置くものなんて冷蔵庫とテレビくらいだったけれど。テレビは早期入寮予約キャンペーンとかいうものでもらった。本棚の上に乗せられる小ささだった。  思い出に浸っていると、控えめに二回ほどノック音が聞こえた。寮の安全管理を信頼しているし、インターフォンを押さずにきたことを知らせる人物なんて一人しかいない。誰がきたのかも確認せずに玄関の扉を開く。  立っていたのはやはり鈴木レイルだった。こげ茶色の髪は腰にはかからないものの、背中の半分は隠している。前髪が長すぎるせいで、右目にかかっている。同じ色をしている双眸はうつろで光がない。死んだ魚の目という表現がかなりしっくりくる。顔立ちはどちらかと言えば美形。身長も女子にしては高いのだろう。百六十は越えている。悔しいことにもう少しで追いつかれそうだ。  女子に身長で負けたくないので、ここ最近は牛乳を飲むようになった。私立桜田高校の制服を着ている。胸元に学年カラーの青を示すリボン。スカートにプリーツがなければ、スーツか喪服に間違えられそうだ。  彼女は寮に越してから初めてできた友人だ。今までいくどとなくインターフォンを使えと言っているのだが、なかなか聞いてくれない。 「おはよう、レイル。どうかしたの?」  ひたすらこげ茶色の目がこちらに注がれた。だがすぐに逸れたかと思えば、どこか遠くを見るような目つきになる。そして何も言わずに部屋に入ろうとしてきた。もちろん全力で止めた。別に入れたくないわけではない。寮の規則の一つとして、異性の部屋に出入りすることは禁止されているのだ。茶色がかった瞳が上目遣いにまた見てきて、首をかしげた。 「あの、さ……寮の規則、知らないの?」  首は横に振られる。ため息が漏れた。異性の部屋に入るのは厳禁であることを告げる。するとレイルは素直に引き下がった。何がしたかったのだろう。ときどき意味のわからないことをしだして迷惑をこうむるからものすごく困る。互いに黙ったまま視線を交わす。そろそろ沈黙が痛くなってきたなと思っていると、レイルが口を開いた。 「死んだ」 「何が」 「人」  覇気のない脱力した声だった。にも関わらず、いやにはっきりと聞こえた。いつもと変わらない。彼女を一言で表すなら「常にぼんやりしている」が適当だ。 まるで日常会話の一つみたいだ。深呼吸。普通の人だったら、人間が死んだと聞けば驚くのかもしれない。けれど相手が鈴木レイルなら、俺はだいぶ平常心を保てる。 「……どこで?」  それでも、口から出た声は少し強張っていた。 「うちの高校」 「えっ?」 「佐々木みおん」  場が一気に静まった。頭の中でレイルが言った単語をつなげる。    うちの高校で人――佐々木みおんが死んだ。  
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