回転寿司の怪

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回転寿司の怪

回る回るお寿司。嫁には残業の後に外で食べてくると言ってある。職場の後輩、前原理沙ちゃんとのお食事タイム。明日は休み金曜の夜は決戦にはもってこい。ぐふふ、これはアタックチーャンス! 「前原さん、どんどん注文しなよ何食べたい?」 理沙ちゃんはまん丸でくっきり二重の目で満面の微笑み。 「じゃあ、玉子とかっぱ巻きを」 理沙ちゃんの細い指がタブレット端末機を操作する。ああ、俺がタブレットになりたい、理沙ちゃんにタッチされたいわー。俺は遠慮がちな理沙ちゃんがかわいくてたまらない。 遠慮しないで贅沢一貫もいこうよ。ホタテは好き?トロは?」 「両方好きですぅ」 タッチパネルで理沙ちゃんと指が触合う。 よっしゃこれは事故だけどラッキー。 俺はホタテとトロを頼む。 特急レーンで運ばれて来たのは…。 きゅうり載せイクラ、鉄火巻き、やりいか。 全然注文と違う。 「違う席と間違えたんですかね?」 理沙ちゃんは笑顔を崩さない。俺も何かのミスだと思って、 「そうだね、忙しそうだし。もう一回注文しよう」 レーンの皿を取らずに特急返却ボタンを押す。もう一回、理沙ちゃんの注文した玉子とかっぱ巻き、贅沢一貫のホタテとトロを注文する。 今度は大丈夫だろう。 また特急レーンにお寿司が届く。 とびこ、生だこ、マグロはらみ。 おい…これってまさか…。全部嫁の好きな寿司ネタじゃないか。寒い。店内の空調のせいじゃない。俺と理沙ちゃんが並んで座ったカウンター席の間を冷気が吹き抜ける。 ふと、お茶に目をやると俺のお茶だけ波紋が丸く浮かび上がっている。まさか…。試しに飲んだお茶はキンキンに冷えていた。さっきお湯を注いで作った粉茶がひんやりしている。 「前原さんお茶冷えてない?」 二度も注文を間違えられてさすがに不機嫌になっている理沙ちゃんだけれど、口角を上げて笑顔を作りながらお茶を一口啜る。 「熱っ!冷えてるどころか熱湯ですよ、なんで湯気だけじゃなく煮立ってるんですか」 理沙ちゃんの湯飲みの中のお茶は沸々と泡が立つほど高温になっていた。 嫁の奴、さては生き霊飛ばしてるな、理沙ちゃんのお茶、煮立てるなよ…100度越えてるだろ…。それにしてもいい勘してやがる。甘い、備えあれば憂いなし。生き霊には呪い返しの鏡。俺はスマートフォンを鏡モードに設定して、嫁の気配を感じる辺りにこっそりかざした。 「水島課長、何やってるんですか?」 理沙ちゃんの怪訝そうな顔を見て、 「ちょっと頭痛がするから気圧が分かるアプリを起動しただけ、ごめんね」 誤魔化して鏡モードのスマートフォンで嫁の生き霊を追い返す。寒気がしなくなったぞ、これで大丈夫。今度こそ…。 やっと注文した通りのお寿司が特急レーンに届くようになった。俺のお茶もひんやりせず、理沙ちゃんのお茶も煮えたぎることもなくなった。お寿司を食べながらさりげなく理沙ちゃんの予定を聞く。 「やっと一週間終わったね、お疲れ様。これから予定とかあるの?」 「明日は予定ありますけど今日はないですね」 よっしゃ、千載一遇のチャンス。これは食後のデートに誘えそう。 「前原さんこの間友達とカラオケ行ったっていってたよね?カラオケでも行く?」 「結構カラオケ好きなんで行きたいですぅ」 「じゃあ、食べたらカラオケ行こう」 嫁の生き霊は追い払ったし怖いものなし。カラオケで接近してその後は…。ワンチャンスあるか?俺はにやつかないように気をつけて寿司の会計を済ませようとする。店員さんが、 「お会計、4242円でございます」 おかしい。4242円分も食べた覚えがない。しかも四、二、四、二、って「死に死に」だろ、縁起悪い。 「すみません。先ほどお皿を数えてもらったときの伝票には2780円だとありますが…」 理沙ちゃんの前だ、怒るよりも丁寧に店員さんに話しかける。 「大変失礼いたしました。前の方の伝票と取り違えました。申し訳ございません」 店員さんは伝票をスキャンし直す。レジの価格表示の黒いディスプレイに緑の数字が現れる。4242円から2780円に表示が切り替わるその瞬間、ベージュピンクの唇が画面に一瞬だけ写り込んだ。派手な色を好まない嫁が好きな色の口紅。寒い、背筋がひんやりしてきた。訂正されたお会計を済ませて俺は、レジ横の物販コーナーを見る。 粉茶や寿司屋の醤油と一緒に天ぷら用の塩が売っていた。 「すみません、追加でこれを」 「かしこまりました」 お会計を済ませて塩を買ったのを見て、理沙ちゃんが目ざとくツッコミを入れてくる。 「水島課長ってお休みの日はお料理とかされるんですか?」 「いや、大したものは作らないけど浅漬け作るときにこの天然塩は良いかなと思って」 「マメなんですね。とってもいい旦那様って感じですね」 おっと、これは良き夫過ぎてマイナスポイントか。浅漬けなんか面倒だから俺は作らない。これは嫁の生き霊飛ばし対策なんだ…。 「まあ、共働きだから自分のことは自分でやるし、食事も別のことが多いから」 さりげなく寂しいアピールしてみたけどどうだ、効くかこの攻撃は。 「そうなんですか、大変ですね」 うし、効いたぞ寂しい攻撃!上目遣いの理沙ちゃん、かわいい。ちょっと眉根を寄せたその顔、三時間くらい眺めてても飽きない。 二人でカラオケ店まで歩いて行く。 雨も降っていない蒸し暑い夜空に、爆音と共に特大の雷が落ちた。一瞬だったが俺には確かに見えた。雷が文字になっていた。 『死』 動体視力がいい人しか分からない速さだった。 「きゃあっ!」 理沙ちゃんがとっさに俺の腕を取る。ラッキー、鼻の下が伸びないように注意しながら、 「大丈夫だよ、怖くないから」 余裕たっぷりで気遣うと、 「雷、苦手なんですぅ」 理沙ちゃんは俺の腕にしっかりしがみついている。嫁よ、生き霊飛ばしたつもりが、敵に塩を送ったな。理沙ちゃんとの距離は縮まったぜ! それにしても危ないな、雨が降ってないときの雷、『空雷』ほど怖いものはない。直撃したらマジで死ぬ。俺は回転寿司屋で買った塩の袋をこっそり爪でちぎって、さらさらと地面に撒いていった。 ヘンゼルとグレーテルのパンのように。 これ以上嫁が生き霊を飛ばさないように。 清めの塩を撒いていく。
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