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カラオケの怪
理沙ちゃんと二人で来たカラオケ。さっきのお寿司はお酒なしだったので、試しにお酒も飲むコースに誘ってみる。
「歌うとき飲む派?」
「飲む派ですね。素面で歌うの苦手で~」
うーん、あざとかわいい。カラオケに来てから飲む派とか期待度MAXだわ。
カラオケの部屋に入って、店員さんがファーストドリンクを持ってきた。よし、ここからが肝心だ。引かれない程度に上手く距離を詰めないと。
さっきの寿司屋のことがあるからファーストドリンクに変な生き霊が飛ばされてないか確認する。温度はひんやりしていて大丈夫、色も異常なし。
理沙ちゃんのカシスオレンジと俺のライムサワー。
「乾杯しようか?」
「そうですね」
「一週間お疲れ様、乾杯」
控え目にジョッキを重ねてくる理沙ちゃん。もう、なんなのこの子、小悪魔なのか天使なのか。
「いつもありがとうございます」
あー、早く理沙ちゃんを取って食べたいんですけど?いやいや、そこまでの落とすプロセスを楽しまねば。
二人して一口お酒に口をつけると、異変が起きた。
ジョッキのライムサワーとカシスオレンジが瞬間冷凍されて、唇が氷の表面から離れなくなった。理沙ちゃんがジョッキから口を離そうとする。
「むーむーもがもが(えーえーなにこれ?)」
俺もしまった、やられたと思って唇を動かす。
「ふはれはい!(離れない!)」
二人してどうしていいかわからずに慌てる。またか、嫁よ。どんだけ生き霊飛ばすんだ、お前の霊力は底なしか。瞬間接着剤の臭いがしないだけマシなのか。あれをやられると間違いなく唇の皮膚が剥がれ落ちる。ジョッキの飲み物を一気に凍らせるとか、うちの嫁は何者なんだよ。俺は雪女と結婚した覚えはないぞ。
慌てずに唇の熱でジョッキの中で凍ったお酒の表面を溶かす。俺も理沙ちゃんもなんとかジョッキとの熱烈なキスから解放された。
理沙ちゃんが怯え出した。
「課長。さっきから変なことばかり続きますね…。私、少し霊感ある方なんで寒気がします」
えっ?霊感あるの?不味いなこりゃ。
「きっとさ、前原さんがかわいいから色んな人から妬みそねみがあるんだよ。それを霊感とかそういう方面で感じちゃうんだろうね、ナイーブだから」
「課長…。霊感あるって話を信じてくれたの課長がはじめてです。みんなそんなものはないって私を嘘つきみたく言うのに…。信じてもらえて嬉しいです」
おっと、いきなり手を両手で包みこまれるように握られたぞ。アイドルの両手握手顔負けだ。
歌う前からいい雰囲気さ。理沙ちゃんの目は小型犬のチワワのようにウルウルしている。
嫁よ、ざまあ。生き霊飛ばしが仇になったな。霊感のある者同士俺と理沙ちゃんは今夜熱く結ばれるのだ。
生き霊を飛ばせば飛ばすほど二人の絆は深まるぞ?さあ、もう邪魔は出来まい。
次の口説きの一手を考えていると、カラオケのディスプレイが突然真っ黒になった。
プツン、ツー。
真っ黒な画面に一本の白い細い横線が入る。
理沙ちゃんと手を繋いだまま画面を見ると、白い線が上下に幅を広げて中から赤みがかったな糸のようなものが無数に飛び出して来た。
違う、糸じゃない。これは…髪の毛だ。少し天然で赤みが入った嫁の髪。短く切り揃えた長さまでぴったりだ。針のように俺と理沙ちゃんの体に突き刺さる。
「痛い、やめてー!」
理沙ちゃんの悲鳴。
「やめろ、やめろってば!」
俺は手で突き刺さる髪を払いのける。
『嘘ついたら針千本刺さる』
髪の毛の針の嵐が止むと白く幅が残った画面に、新聞の文字を切り貼りしたような文字が浮かぶ。一昔前の犯行予告かよ、予告なら髪の毛飛ばす前にやれっての。しかも「嘘ついたら針千本飲ます」が正解、慣用句間違ってるし。
さっき寿司屋で買った残りの塩をひとつまみ、ディスプレイに投げつけると体に刺さった髪の毛の針は跡形もなく消え去った。
「課長…。もう出ましょう。塩なんかじゃもう効きません。私にいい考えがあります」
理沙ちゃんは怯えからか震えているのに、目は怒りに満ちている。怒りで震えているのかもしれない。
「いい考え?」
「随分と執着心の強い霊みたいです。徐霊の心得がある私なら課長を守れます」
「徐霊?そんなこと出来るの?」
「霊感があると気がついてから、手探りで徐霊の方法も学び続けて来ました。任せてください」
「ふがいなくてごめんね。前原さんに頼んでいいいの?」
「その代わり、前原さんじゃなくて理沙って呼んでください。それが条件です」
「り、理沙…」
「じゃあ、徐霊出来る場所に行きましょう」
理沙ちゃんと一緒にカラオケを出て繁華街を歩く。俺と腕を組んだ理沙ちゃんの足取りはなんと…。ホテル街へと進んでいく。
「徐霊ってまさかそういう場所でやるの?」
「自宅に邪念や悪霊を招き入れるのは危険です。長時間二人きりになれる場所が最適ですから」
いつの間にかシティホテルにチェックインしていた。これは徐霊した後に最高の展開があるかもしれない。ワンチャンスどころか百チャンスありそうだ。
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