第4話 タラントの行方

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 大量落書き事件のトリック自体は大したことではない。  あらかじめ数日掛けてクラス全員の机に落書きしておいて、バレないようにその上に木目のシールを貼った。後は決行日の早朝、望と希の二人がかりで一斉にシールを剥がしただけ。  書くのに手間がかかる「罪なき者まず石を打て」という言葉を使ったのも、自分に疑いの目を向けさせるのと、複数犯だと周囲に思い込ませるためだ。  主犯は希。作戦参謀は望。的場姉妹の強力タッグ。 「お疲れ様でした」 「なんでまた出てきた」 「先程も言いましたが、希さんから頼まれました。借りは返す主義です」  つまり間違っても望のためではないと言いたいらしい。  それにしても、たかが二食分の恩で素顔を晒す危険をおかしてまで頼みごとを叶えるとは、律儀な奴である。 「優しいですね、希さんは。異能者でありながら驕らず、常に周囲の人間に気を配る」  一度ならず二度までも、わかりきったことをわざわざ口にする尊に、望は眉を寄せた。  真綿に包まれるかのように希は大切に育てられた。にもかかわらず、希は思い上がることなく、選民思想に侵されることもなかった。異能を持たない凡人にさえも、愛情を注いでいる。  自分のタラント〈異能〉に引き寄せられた事件に他人を巻き込むのをよしとせず、自分が犠牲になることを選んだ。世が世なら、聖人になっていてもおかしくない高潔ぶりだ。 「その優しさを、君がずっと守っている」  尊は意味ありげに目を細めた。 「何が言いたい?」 「すみません」  唐突な謝罪だ。時も場所も想像だにしていなかった。 「口先だけの謝罪はしないんじゃなかったの?」 「はい。ですから口先だけではありません。心から お詫び申し上げます」  尊は足を止めると、深々と身を折った。これ以上ないくらい丁寧に。 「大変申し訳ございませんでした」 「念のため、謝罪の理由を聞いても?」 「異能の件です。おかしいとは思っておりました。私としたことが先入観に囚われていたようです」  授業、校外学習、部活動、委員会活動――学生生活の至る場面で望のそばで事件は起きた。裏を返せば、希も毎回そばにいたということになる。 「君は異能者ではないのですね」  タラント〈異能〉を持っていたのは兄の信一と姉の希だけ。望には何もなかった。  信一がことのほか希を気に掛けるのも、異能を持っている者同士だからだ。平凡な一生が約束された末の妹になど関心はない。 「だとしたら、なんなのさ。あんたの言う通り、私は寄ってたかってくる事件と罪を暴かずにはいられない、厚顔無恥な名探偵気取りだよ」 「そうですね。君が数々の事件を解決に導いたという事実は変わりません。しかし意味合いは大きく変わります。希さんは自らの異能に怯えて、誰とも関わらずに生きる道を選んだ犠牲者で、君は異能に真正面から立ち向かう挑戦者だ」  高校卒業後、希は入学予定だった大学へは行かずに引きこもりになった。誰とも関わらなければ事件を引き起こすことはないと思ったからだ。  それでもほんの少しの綻びを見つけては、異能は容赦なく発動する。夏季伝道最後の礼拝に希が出席したら、盗難事件が起きた。ゴミ出しに外に出れば、自転車の転倒事故に巻き込まれる。その一つ一つに望は首を突っ込んだ。 「君は寄ってくる事件を解決せざるを得ない。何故ならば、君があきらめた時点で、希さんはただの疫病神になってしまう。しかし、君が事件を解決する限り、希さんが引き寄せるのは『名探偵の事件簿の一ページ』であり、災厄にはならない。彼女の異能に意義を見出すために君は名探偵であり続ける」  教会の看板を前にして、望は足を止めた。 「あんた、私のこと嫌いなんだよな?」 「ええ、もちろん」尊は即答した「したり顔で推理を披露し、他人の謎を白日の元にさらけ出す。君のような正義感気取りの名探偵は私を酷く不快にさせます」  危惧をよそに永野尊は平常運転だ。望は安堵した。したり顔で推理を披露するなんて真似、自分だって好きでやっているわけではない。こちらの内情を知った程度で安易に同情されるなんて真っ平御免だ。 「ですが、羨ましいです」  尊は独り言のような小さな声で呟いた。自嘲も多分に含めて。 「私には寄り添い、共に立ち向かってくれる家族はいませんから」  異能者は孤独だ。異能者同士であっても個々の能力は違う。抱える苦悩がまるで違うのだ。そして過ぎた能力を持つもの同士で連帯感を抱くことはあっても、寄り添いその苦悩を分かち合うことはできない。 「では望さん、ご機嫌よう」  切れ長の目に不敵な笑みを滲ませて、尊は闇の中に消えていった。安易な同情を受け付けない、毅然としたその後ろ姿は、どこか寂しげにも見えた。
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