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的場望(まとば のぞみ)。高校卒業直後に吉田キリスト教神学校へ入学、わずか二年で卒業し日本キリスト教会最年少記録で牧師となった。それもそのはず、彼女の祖父は日本でもっとも偉大な牧師と名高い的場信二なのだ。
早速相談を、と乗り出した克哉だったが用件を言う間もなく的場望牧師に「十二時以降に出直してください」と告げられた。ちなみに今は八時半だ。
「え」
「あと三十分で日曜学校礼拝が始まりますので」
大人用の礼拝の前に、子ども用の礼拝があるらしい。たしかに教会前の看板にはそう書いてあった。
「あの、結構大事な用件なのですが……」
「緊急かつ重要な用件なら教会ではなく、警察に行くべきです」
ごもっともだ。しかしその警察があてにならなかったから教会に来ていることをこの牧師は理解していない。
「十分、いや五分でも結構です。話だけでも聞いていただけないでしょうか」
連絡もなしに突然押しかけた手前、克哉は下手に出るしかない。が、相手は牧師のはずだ。常日頃から他人に神の愛を説くのなら、もう少し親身になってくれてもいいのではないか。
『話くらい聞いてあげたら?』
助け舟は思わぬところから飛んできた。玄関のインターホンから。女性の声だった。
「応対もできない姉ちゃんに言われる筋合いはないよ」
『だって私、人見知りなひきこもりだもの』
声と会話から察するに、先ほど克哉の顔を見るなり逃げ出した女性だろう。台詞と声音には全く悪びれる様子がなく、むしろ人見知りでひきこもりであることを誇っているような気配さえある。
『どうせのんちゃんのことだから、気になって礼拝の説教どころじゃなくなるわよ』
思い当たる節があるらしく、望は渋々「どうぞ」と克哉を招き入れた。
牧師の居住スペースの一つ、リビングに通されて四人がけテーブルの一席を勧められる。キッチンでお茶を用意しようとする望に「おかまいなく」と断った。時間が惜しい。手ぶらの望が向かいの席に座るなり、克哉は用件を切り出した。
「息子が誘拐されたんです」
「それこそ警察行きでしょう!」
すぐさま固定電話に手を伸ばした望を、克哉は慌てて制した。
「無駄ですよ。単なる家出だと取り合ってくれません。捜索願いは出しましたが、捜査はしないでしょう」
「ご子息は今いくつで?」
「十五です。聖(ひじり)と言います。浦和栄光高校の一年で……なんとか進級はできそうなのですが」
克哉は深いため息をついた。
「自分で言うのもなんですが、我が家は妻と私と息子の……本当にどこにでもある一般家庭です。聖も悪い連中とつるむような子ではなくて、一人静かに本でも読んでいるような、大人しい子なんです。そんな聖がメールも置き手紙もなしに家を出てからもう二週間が経っています。多感な年頃ですし、世間には何日も家に帰らない高校生はたくさんいるでしょう。警察としては事件性がない以上、高校生一人を探す余裕はない。しかし聖が外をほっつき歩いているとはどうしても考えられないんです」
「たしかに引きこもりの方がいきなり外出して何日も帰ってこないのは、大胆過ぎるといいますか不自然ですね」
「外出すること自体、半年ぶりです」
頷いてから、克哉は何かがおかしいことに気づいた。
「私、言いましたっけ?」
「息子さんが引きこもりとはおっしゃってませんね。外れていましたか?」
「いいえ、でも……」
「先ほどご覧になった通り、うちには引きこもりの姉がいますし」
望は事もなげに指折り挙げた。
「進級が危ぶまれるのは、よほど素行か成績が悪いか、出席日数が足りないかのどちらかです。大人しい子ならば生活態度は問題にならないでしょう。あとは成績ですが……バリバリの進学校ならばまだしも、浦和栄光高校はキリスト教主義のいい高校ではありますが、そこまで偏差値は高くありません。最後に残るは出席日数。通学できないほど健康上の問題があるのなら、最初に説明するはずです。デリケートでなるべく触れてほしくない理由ーーとなれば、精神的な問題だと考えただけです」
淡々と説明する口調に、誇らしげな響きはない。世間話をするかのように推理を披露する様は、ドラマに登場する熟練の探偵を彷彿とさせた。
なるほど。さすがは名探偵の孫。期待以上だ。彼女の祖父である的場信二は、牧師でありながら数々の難事件を解決に導いた『牧師探偵』と名高い。そして孫にあたる的場望もまた、幼い頃から様々な事件を解決した名探偵ーー
「さすがは『使徒探偵』ですね」
途端、望の顔が盛大に引きつった。
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