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鬼が出るか蛇が出るか。
それとも何事もなく面談日を迎えるか。日曜日に控えている礼拝の説教を考えつつ、のんびり待っていた望の元に予想外の電話があった。
綾乃の友人――酒井康史だった。破局した二人の共通の友人と言うべきか。内密にお伝えしたいことがあるとかで電話をしてきたのだ。
「原因がわかりました」挨拶も早々に勢い込んで康史は言った「やっとあいつ――直也が白状したんです。他に好きな人いるって」
おいおい白状するならもっと早くに言え。今までの苦労は何だったんだ。拍子抜けしたが、解決したのなら何よりだ。
「ちなみにお相手は?」
「名前までは聞いていません。でも、都内で出版関係の仕事をしている奴らしいです。電車で忘れ物をしたのを拾ってもらっただとか」
中原美和子ではなかったようだ。望のあても外れていたのだからこの展開は喜ぶべきものだ。
「差し出がましいかとは存じますが、澤井さんにはこの件は伝えたのですか?」
「これから話すつもりです。やむを得ないでしょう」
「まあ、そうですよね」
気まずい沈黙。疑惑が確証に変わったところで傷が癒えるはずもない。むしろ他の女に婚約者を奪われたと知ったら綾乃はどれほど傷つくだろう。「ただ本当のことが知りたいのです」と気丈に言っていた綾乃の姿が思い浮かんだ。
「ご迷惑を掛けてしまい、本当に申し訳ありません」
あ、これ報酬がもらえないパターンだ。脳内のそろばんが悲鳴をあげた。
「いえいえ、こちらこそ大してお力になれず、申し訳ない」
「調査のお礼は改めていたしますので」
落ち着いたら連絡すると約束して、康史は電話を切った。
「意外に律儀だな」
望は独りごちた。しかし家計は助かる。厚意はありがたく受け取ろう。
この三日間は一体なんだったのだろうと思わなくもないが、望は目の前の仕事に専念することにした。強敵レビ記の解読に勤しんでいる最中、再び携帯電話が鳴った。
「はい、的場です」
「三杉様の御携帯電話でしょうか? 私、メビウスメンタルクリニックの永野と申します。突然のお電話を失礼いたします」
そういえば三杉の名前で予約したんだっけ。もはや無意味となったわけだが。適当な理由をつけて断わろうと口を開いた望は、ふと何かがおかしいことに気づいた。
ナガノ。丁寧な喋り方の男性の声。
(……ながの?)
中原ではないのか。美和子は女性ではないのか。
「ちょ、ちょっと待ってください。中原美和子先生……ではないのですか?」
「中原とは同じクリニックで働いておりますが、違います。私は木下直也さんを担当しております永野です」
電話の向こうでくすりと笑う気配がした。
「どうやら勘違いをされているようですね」
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