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「今日は結構人数多かったね」
「そうですね」
「説教もなかなかでした」
「そうですか」
「再来週には期末試験期間も終わるから、日曜学校にも子どもが来るんじゃないかな」
「そうだといいですね」
話の種が尽きたのだろう。扉の向こう側が考え込む気配がした。
「のんちゃん、元気出して」
直球勝負に出た。
膝小僧を抱えて顔を伏せた状態で望は苦笑した。姉には尊とのやり取りの詳細までは話していない。ただ、真相だけを伝えた。
相変わらず天照大神よろしく引きこもり、妹である望にすら姿を見せようとはしない。そんな姉にさえ気遣われてしまうとは、自分は相当に落ち込んでいる雰囲気を出しているのだろう。牧師としてあるまじきことだった。
「この前来た綾乃さんから、結婚の報告があってね」
綾乃は康史と結婚することになった。突然の婚約破棄に打ちひしがれていた綾乃に、手を差し出して支えたのが康史だ。今度こそ幸せになると綾乃は言っていた。
「それはおめでたいね」
姉とは違って、望は素直に祝福することができなかった。
康史はわざわざ直也を脅迫して結婚式をぶち壊した。尊の言う通り復讐の意味もあったのだろう。
でも、きっと、それだけじゃない。
打ちひしがれた綾乃の心を得るためだ。より深く綾乃を傷つけるために、ただの婚約破棄よりももっと衝撃的な場面を突き付けた。
赦しがたい卑怯者。以前の、名探偵という名声に浮かれていた自分ならば、間違いなく糾弾する輩だ。結婚の神聖さを蔑ろにした、神への冒瀆行為。祝福どころか呪いを贈っただろう。
(でも、誰も救われない)
どうしてだろう、と望は思った。悪を正しているのにどうして報われないのだろう。
「裁かれないのかな」
結果は変わらない。でも意味合いは大きく変わる。
木下直也は男と関係した浮気者で、酒井康史は二人の仲を引き裂くために画策し脅迫までした犯罪者で、永野尊は他人の心を弄び陥れた異能力者だ。
公にされることなく葬り去られる真実を、望はただ見ていることしかできなかった。
「もう、裁かれてるよ」
姉の声が明瞭に聞こえた。
「一生誰にも言えない秘密を抱えて生きていく。秘密にする必要がなくなった時には何もかもが手遅れ」
望は顔を上げた。振り向いてもそこには固く閉ざされた扉しかない。姉の姿を見ることは叶わない。
「誰にも理解されない。一人で重荷を背負っていかなくてはいけない」
重荷を下ろす時は、真実が明るみになる時。
なるほど。だとすれば誰もが裁きの真っ只中にいるのかもしれない。
望は尊の顔を思い浮かべた。憎悪を露わに嗤う姿はどうしようもなく哀しげだった。望んで得たものではない。しかし自分には『タラント』がある。他人とは違う力がある。どれほど探しても得ることのないその力の意義を、それでも求めずにはいられない。異能者は、そういう生き方を宿命づけられているのだ。
「……そうだね」
望は扉に背中を預けると、目を閉じて両手を組んだ。誰にも理解されない苦難の道を進む奴らのために祈った。ほんの少しの憐憫と、祝福を込めて。
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