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早々にお引き取りいただいたものの、せっかくの新来者。礼拝に誘うべきだったかと望が思ったのは、日曜学校礼拝も大人用の通常礼拝も何もかも終わった後だった。
「まあ、次誘えばいいかな」
教会員、特に会計担当長老に知られたら怒られそうな発想だった。ただでさえ少子高齢化に伴う会員数の減少に悩んでいるというのに。
教会の財政事情はさておき、望がお仕事を終えて牧師館に戻った時、リビングのテーブルには連絡先のメモが置かれていた。硬質で、いささか神経質そうな文字、克哉が書いたのだろう。メモを手に姉ーー的場希の部屋に向かった。
「断るかと思った」
足音か気配かそれとも部屋前に設置してあるカメラの映像か。いずれにせよ、はかったかのようなタイミングで扉越しに希の声がした。
「どうして?」
望は固く閉ざされた扉に背を預けて腰を下ろした。
「明らかにキリスト教に対していい感情を持っていなさそうだし」
「そりゃあ息子さんを誘拐されたんだからねえ」
「のんちゃんを利用する気満々だし」
「何しろ私は『使徒探偵』だからねえ」
探偵気取りは高校と同時に卒業した。神学校に通って牧師になった。それでも黒歴史はついてまわる。
「探偵に依頼するならそれ相応の対価が必要でしょう。牧師だからって暇じゃないんだから。労働には対価を。紀元年以前からの人類の常識よ」
扉の隙間から茶封筒が差し出された。開けて中身を確認すれば、このところご無沙汰していた一万円札が顔を出した。
「脅したの?」
「まさか」笑い混じりの声が否定した「ただ世の中の道理を説いて差し上げただけよ」
それが本当ならば教師試補試験に合格した自分よりも、牧師に向いているといえよう。
「依頼料を受け取ったところで、いい加減、どうして引き受けたのか教えてちょうだい」
「気まぐれだよ」
「ふいに気が向いて佐久間牧師に会おうとするの? 犬猿の仲なのに」
「ま、たしかにあの人嫌いだけど」
望は奔放に跳ねる自分の髪をなでつけた。深い意味も理由もない。ただ、気になった。
「うさんくさかったから」
「佐久間牧師に失礼よ」
「違うって、あの依頼人」
上田克哉の顔を思い浮かべて、望は眉を寄せた。態度といい発言といい、不可解な点が多い。
「奥さんの話が全然出てこなかった」
「クリスチャンの奥様ね」
「わかっているのはそれだけ。ひきこもりの息子に対して奥さんは何を思ってどう接しているのかがさっぱりわからない。もしかしたら旦那さん自身、奥さんが何を考えているのか知らないのかもしれない」
そもそも何故聖はひきこもりになったのだろう。父親である克哉の口ぶりではまるで学校で何かがあったかのようだったが、果たしてそれだけだったのか。
「牧師に不信感を抱いている人が私を頼るというのもおかしい。いくら有名な探偵だろうと、じいちゃんも私も牧師だよ」
「疑わしい点が多いから、引き受けたの?」
望は「うん」と即答した。
「すべての謎は、私に解かれるためにやってくる。相手をして差し上げるのが礼儀ってものさ」
「またそんな中二病じみことを……」
扉越しに大きなため息が聞こえた。
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