第1話 使徒の帰還

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 翌日、早速望は教会に足を運んだ。佐久間牧師のいる浦和仲町教会に、ではない。都内の練馬区にある峰崎教会に、だ。  下赤塚駅から徒歩で十分の距離にある峰崎教会も武蔵浦和教会と同様に、傍目には民家にしか見えない。案内看板がなければ教会とは認識されないだろう。  主日礼拝の翌日、つまり月曜日は大概の牧師は休みだ。午前九時を過ぎているのを確認してから望は峰崎教会に隣接された牧師館のインターホンを押した。  待てど暮らせど応答がないのでもう一度。 「みーすーぎー」 「こんな朝っぱらから何だよ」  寝癖のついた頭をかいて現れたのは、峰崎教会の牧師である三杉だった。パジャマの代わりだろうか、桃色の髪をした際どいヒラヒラ服を身に纏った幼女がプリントされたTシャツとよれたジャージ姿。今日も今日とて大変痛々しい姿だった。三十二歳と一回り近く年上の男だが神学校時代の同期なので上下関係はない。頼みごとをするにはうってつけの牧師だった。 「九時過ぎを朝っぱらとは言わないよ。今度は何? イベント? コミケ? チャット?」 「四時間前の激戦をお前に見せてやりたかった。なかなか手強いイベント限定ボスでな。運営の本気を垣間見た」  それで望はおおよそを察した。礼拝を終えるなりスマホゲームに興じ、明け方まで廃人よろしく熱中していたらしい。呆れた牧師である。こんなのが牧会する峰崎教会に所属する教会員の皆様に、望は心底同情した。 「というわけで俺は死闘を繰り広げたばかりで疲れている。録画した深夜アニメも観たい。お前に付き合う暇はない」 「頼みがある」 「だったらそれ相応の態度があるだろ」  ごもっともだ。望はスマホを取り出し、録音をストップさせた。 「頼みを聞いてくれたら、今の会話を三杉太郎牧師に送るのはやめよう」 「お前それでも牧師か!?」  三杉は悲鳴をあげた。彼の父、三杉太郎は厳格な牧師だ。息子がアニメ中毒になりかけた時、豪快に棚ごとDVDやコミック本を廃棄するくらい。 「やめろ、いや、やめてくださいお願いします」  かくして誠意溢れる説得の末、望は峰崎教会牧師館の客間に通されたのだった。  茶とせんべいをせしめ、昨日の出来事をかいつまんで説明。佐久間幸成の名前が出てきた時点で、まるでしまりのない三杉の顔が強張った。 「らしくねえな」  三杉は首をひねった。 「ひきこもりなんてしようものなら、首根っこ掴んで学校まで引きずって行くようなジイさんだろ」 「やっぱりそう思う?」 「当たり前だろ。あのジイさん、追試に落第したら俺の夏休み全部取り上げて強化合宿するって無茶言いやがって」 「いや、それは普通だと思う」  望の指摘を右から左へと受け流し、三杉は「なんでまたそんな依頼を受けたんだ」と訊ねてきた。姉と同じ質問だった。 「そんなに不自然かな」 「変だ。あのジイさん、お前のこと目の敵にしてただろ」  三杉の言う通りだった。当時、神学校の教師をしていた佐久間牧師はとにかく厳格な聖書主義で、おまけに現実主義者だった。曖昧な解釈を許さず、根拠と確信がなければ全て無意味と断じていた。  そんな自他共に厳しい佐久間牧師にしてみれば、好奇心で首を突っ込み、推理と直感で真実を導き出す的場望は、さぞかし目障りだっただろう。卒業までのわずか二年間でどれほど理不尽な叱責を浴びたものか。  もし克哉が、佐久間牧師と望の軋轢を知っていて望に今回の件を依頼したとしたら、相当な曲者だ。 「迷える子羊を救うのが牧師の仕事ですから」 「で、本音は?」  望は片手を広げて見せた。 「差し当たって五万」 「マジか」三杉は目を見張った「『魔法少女プリティーローズ』アニメ第二期初回完全生産限定版ブルーレイボックスが買えるじゃねえか」  残念過ぎる同期の発想に、望は頭に鈍痛を覚えた。 「またそんなアニオタ感満載な無駄遣いを」 「個人の信仰と趣味は聖域だ。何も知らない素人が足を踏み入れると痛い目見るぞ」  既に大後悔中だ。 「とにかく、あんたには佐久間牧師にそれとなく聖くんの居場所を聞き出してほしい」 「あのジイさんが言うわけねえだろ。だいたいなんだ、同期をタダでこき使うつもりか」  三杉は指を三本立てた。同期に金銭を要求するつもりらしい。とはいえ、お互い経済的に苦しいのは承知している。望とて鬼ではない。 「仕方ないな」  望は財布から百円硬貨を三枚取り出して、テーブルの上に置いた。 「おい桁が違う」 「三十円?」 「阿呆か三万だ! 今どき三百円で動くのは幼稚園児くらいだぞ」  精神年齢は同じようなものでしょうが、というツッコミは脳内に留めておく。代わりに望は先ほどの録音を武器に値段交渉を始めた。  結局、五千円プラス交通費で三杉は浦和仲町教会に行ってくれることになった。
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