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佐久間牧師への探りは三杉に任せて、望は埼玉県内のマンションに向かった。あわよくば人物像の見えない奥様、上田美幸にお目にかかれないかと思っての行動だった。
とはいえ、大まかなプロフィールは電話で克哉から聞いていた。
名前は上田美幸。旧姓は氷野。上田克哉とは大学の同級生で、卒業と同時に結婚し就職。働きながら出産と育児をこなしていたが、三年前に勤めていた会社を辞めて専業主婦に。
『こんなことを言うのは親として無責任かもしれませんが、私は息子に有名私立大学や国立大学に進んでほしいわけではありません。無理に進学しなくても、ただ、好きなことや、与えられた才能をいかした道を行ってくれればいいと考えています』
教育方針に若干の相違があったようだ。
『しかし妻はそうではないようで。聖に学校に行くよう口うるさく言っていました』
「家出の原因はそれだと?」
『ええ……その可能性もあるとは考えています』
克哉から住所を聞いた時点でだいたい予想はしていたが、案の定、一等地の高級感溢れるマンションだった。オートロックはもちろん、警備員と管理人が常に在中し、不審な者は一歩も踏み入れられないようになっている。
ダメ元でエントランスから呼び出してみたが、オートロックが解除されることはなかった。そもそも部屋番号を入力しても応答がない。留守なのかもしれない。
「無駄ですよ」
背後から軽く笑みを含んだ声音。振り向けば、バッグを下げた中年女性が仁王立ちしていた。バッサリと切った黒髪とややつり気味の目。細く引き締まった身体にぴったりのスーツと相まって、どことなくヒョウを思わせる女性だった。
「どちら様?」
「それはこっちの台詞ですよね。エントランスで不審行為。マンションの管理人に訴えたらまず間違いなく通報されますよ」
ぐうの音も出ない望に、女性は「的場望牧師ですよね?」と訊ねた。質問よりは確認に近かった。
「よくおわかりで」
「話に聞いた通りでしたから」
視線の先は望の顔ーーよりも少し上にある頭、つまり奔放に跳ねる天然パーマ。誰がどういう話をしたのかは大体予想がついた。
「佐久間牧師がよろしくと言っていましたよ」
「クリスチャンが平気で嘘をつくのはいかがなものかと思いますよ、木村舞さん」望は頭をかいた「あのジイさんが私にそんな友好的感情を持っているとは到底思えませんね」
「なんで私のことを? どこかでお会いしましたっけ?」
「初対面ですよ。木下舞さん。大学時代に友人の上田美幸ーー当時は旧姓、氷野美幸さんの誘いで教会に通うようになり、大学卒業を機に受洗。現在に至るまで浦和仲町教会に所属し、六年前から日曜学校教師も務めていらっしゃる」
希が調べ上げた個人情報を披露して、望は締めくくった。
「この程度なら、浦和仲町教会の議事録と会員名簿を見ればすぐにわかることです」
舞は顔を強張らせた。こちらを見る目に若干、軽蔑の色が混じっているのは気のせいではないだろう。
「佐久間牧師のおっしゃる通りの方ですね」
「ご希望に添えて何よりです」
「褒めてませんからね。問題解決を急くあまり手段を選ばなくなる暴走神学生。落第させたはずなのに、目を離した隙に勝手に牧師になっていた」
中二病丸出しな『使徒探偵』よりはマシだが、酷い言われようだ。
「上田克哉さんに頼まれたんですか?」
「ノーコメント。そう言うあなたは上田さんのお宅になんのご用が?」
「他教会の牧師に教える必要はないかと」
表面上はお互い微笑みを交わしつつ牽制。この様子だと三杉の探りも徒労に終わっているかもしれない。
「電話、鳴っているようですよ」
噂をすれば何とやら。三杉からの着信だった。舞に一言断ってから望は通話ボタンをタップした。
「どうだった?」
『俺は頑張った』
早々に過程の話をするということは、成果を挙げられなかったらしい。予想通りではあったが。
「佐久間牧師はなんて?」
『用があるならお前が来い』
「じゃこれから伺うよ」
ちょうど近くまで来たことだし、お言葉に甘えるとしよう。
「茶菓子用意して待ってろって言っといて」
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