第1話 使徒の帰還

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 美幸と会う約束をしてから、望と三杉は浦和仲町教会を後にした。浦和駅で電車を待つ間、唐突に三杉が呟いた。 「離婚かあ」  経験者としては思うところがあるらしい。三杉はいつになく深刻な面持ちで考え込む。 「ご両親が離婚したのって小学校の時だっけ?」 「お前容赦ないなあ。そこは触れずにいたわるところだろ」三杉は苦笑した「小学校に上がる前だった。弟が生まれた時」  生まれたばかりの弟は母親に、三杉と姉は父親に引き取られたと聞いている。 「寂しかった?」 「いや、あんまり。そりゃ両親が揃ってる家庭よりは大変だったかもしれないけど、俺達子どもを理由に我慢して結婚生活続けられるよりはずっとマシだな」  三杉が思い出したように付け足した。 「正直言うと、ほっとした」 「離婚して?」 「そうじゃなくて。親父とおふくろにもいらないって言われたらどうしようとか考えてた」  意外だ。我が道突っ走るオタク牧師でも、人並みに悩んだりするようだ。 「まあ、あの親父は何が何でも俺を引き取るつもりだったらしいが」  無論、牧師にして自分の後を継がせるためだ。その目論見はおおむね成功している。追試と試験落第を乗り越えてなんとか牧師になった息子が、深夜アニメとソーシャルゲームに寝食と仕事を忘れるほど没頭していることを除けば。 「にしても、ひきこもりの息子を一人親で育てるのって大変だと思うけどなあ……二人ともすげえパワーだな」 「むしろ離婚の原因は息子さんだと思うけどね、」  「へ?」三杉は目を瞬いた「どういう意味だ」 「そのまんまの意味だよ。離婚するから聖くんを取り合っているんじゃない。聖くんを取り合ってあの二人は離婚するんだ」  曲がりなりにも一度は永遠の愛を誓った仲。離婚となれば配偶者の浮気、家庭内暴力、モラルハラスメント、金銭問題、色々原因は考えられる。いずれにせよ、当事者が労力を費やしてでも今の相手と別れる必要があると考えて踏み切った。必ず理由があってしかるべきだ。  その点、上田克哉にはこれといった問題が見当たらない。やや神経質な面もあるが、声を荒げたり暴力を振るったりした形跡はない。金にも困っていない。他に女がいるようでもない。かといって、妻である美幸に問題があるようにも見受けられない。 「ここで問題を一つ」望は人差し指を立てた「聖くんはたしかに浦和仲町教会にはいない。でも克哉さんは聖くんがあそこにいると思い込んでいる。佐久間牧師もあえてその間違いを否定しようとしていない。さて、どうしてでしょう?」  首を傾げる三杉に、望は答えを掲げてみせた。佐久間牧師から預かった黒いメッセンジャーバッグ。木村舞曰く、聖くん愛用のバッグらしい。
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