第1話 使徒の帰還

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 あくる日、望は上田宅に再び突撃した。今回は上田克哉のアポイントを取ってからの訪問だった。すんなりとオートロックは解除されて中に入ることができた。  「大したお構いもできませんで」 「いえ、私も突然すみません」  リビングに通される。白を基調としたお洒落な部屋だった。最近の流行りなのか、ごてごてとした調度品はなく、ソファとテーブル、そしてテレビだけのシンプルなレイアウト。壁も張り替えたばかりなのか傷一つない。コンセントに刺さったままの電源タップは、手持ち無沙汰に見えた。  部屋の状況を見て確信に至る。正確には、状況が望の予想を裏付けた。 「これ、お返ししますね」  無造作に差し出したのは茶封筒。克哉は意図をはかりかねるようで、望の顔をまじまじと見た。 「どういうことでしょうか?」 「ユダではあるまいし、仮にも恩師を五万で裏切るわけにはいかないということです」  イスカリオテのユダはイエス=キリストを銀貨三十枚で売ったという。諸説あるが、現在の価値に換算すると約百万円。いくら犬猿の仲とはいえ五万円は安過ぎた。 「一体なんのことです? だいたい、息子は今どこにいるんですか」 「不安ですか」 「は?」 「そうですよね。昨日までは居場所だけは把握していたのに、今朝からは完全に行方不明になっていますからね」  続いてバッグから取り出したスマホと三つ折りの財布をテーブルの上の置いた。 「失礼ついでに苦言を呈しますと、親だからといって息子さんのスマホに位置特定アプリを勝手にダウンロードしたり、財布に発信機を取り付けるのは、いかがなものかと思いますよ」  佐久間の言う通り、浦和仲町教会に上田聖はいなかった。ただ、彼のバッグを預かっていた。特定にこそ至っていなかったが、美幸もまた発信機の存在には気付いていたのだ。だから行方を追われないよう、佐久間に手荷物を預けたのだ。 「当然でしょう。息子は精神的に不安定な時期が続いていたのですから」 「自宅から一歩も出ようとしないひきこもりに発信機をつける理由にしては、いささか苦しいですね」  望は失笑した。この期に及んで「いい父親」のように取り繕う克哉が滑稽だった。 「あなたは息子の聖くんの動向を把握しておきたかった。どんな些細なことでも見落とさないように」  だから財布に発信機を付けた。息子がどこにいるのかわかるように。電源タップには高性能の盗聴器を、息子の部屋には隠しカメラを、それぞれ仕掛けた。息子が何をしているのかわかるように。 「最初に言ったではありませんか。うちにはひきこもりの姉がいるからわかります、って」  上田聖は的場家と――特に希に酷似していた。 「驚くことじゃないですよね? だってあなたは、聖くんと同じだと思ったから、私に話を持ちかけてきたんですから」  祖父の的場信二の事件遭遇率は半端なく高かった。旅行先での突発的な殺人事件なぞ序ノ口。買い物に出れば篭城事件が起き、電車やバスなど公共の交通機関を使えばジャック事件が発生した。その一つずつを残さず解決したことから的場信二は『牧師探偵』という字名をもらった。  望も然りだ。幼い頃から周囲で起こる事件を解決させている内に『使徒探偵』などという中二病な二つ名をもらった。  犯人も動機も手口も何一つ共通点のない連続事件。それは偶然ではなく必然だと祖父は言った。神の思し召し――的場のタラント『資質』だと。 「聖くんは異能者です」 「何を馬鹿な」 「美幸さんが認めていました。聖くんの異能が発症したのは二年ほど前、物体を動かす力ーーいわゆる念動力ですね。異能は制御が難しい。聖くんも例に漏れず、同級生の子に勢いよく教科書を当ててしまった。それ以来、自分の異能を恐れて部屋に閉じこもるようになってしまった」  姉の希がまさにその類だった。望とは違って心優しい希は自分の異能のせいで他人が巻き込まれるのを良しとせず、極力誰とも関わらない生き方ーーひきこもりを選んだ。 「だから美幸さんは学校に行くように聖くんを説得していた。できる限り普通の人と同じように生きてほしかったから」  事情の知らない第三者が見たら、ひきこもりの息子、世間体を気にして厳しくあたる母親、ありのままの息子を受け入れる父親ーーしかしその実、父親が率先して息子を世間から遠ざけようとしていたのだ。 「本当に馬鹿なことです」  侮蔑を隠そうともせずに克哉は吐き捨てた。 「天から与えられた稀有な才能を隠すだけならまだしも、無理やり抑え込もうとするなんて!」  口調に熱が帯びる。夢を語るかのように熱弁を振るう様は、陶酔しているようにも見えた。 「あいつは何もわかっちゃいない。聖は選ばれた人間なんです。この国を動かす使命を神から与えられているんです。あの力を訓練して制御できるようにすれば――」   克哉は期待のこもった眼差しを向けた。 「あなただってそうでしょう? 祖父同様、異能を駆使して名声を得た『使徒探偵』」  異能によって引き寄せた事件を解決した。たしかに異能がなければ『牧師探偵』も『使徒探偵』も誕生しなかっただろう。だが、この異能があって良かったと思ったことなど一片たりともなかった。 「与えられたタラント〈異能〉をどうするかは、本人が決めることです。他人にとやかく言われる筋合いはありません」  異能を使うのもその責任を負うのも自分なのだから。素っ気ない望の返答に、克哉は失望を露わにした。 「聖はどこです?」 「教えても構いませんが、もう無駄ですよ。彼はあなたとは会いたくないようです。佐久間牧師も浦和仲町教会の皆さんも、聖くんの意思を尊重するつもりです」 「私は父親だぞ!」克哉はいきり立った「家族でもない連中にとやかく口出しされるいわれはない」  父親が妻の制止も振り切って息子を束縛して監視し、意のままに操ろうとしている。家族でもない他人が手を差し出してしまうほどの危機的事態なのだ。しかし、息子の異能に狂喜している男には、そんな簡単な道理すらわからないようだ。 「では家庭裁判所でもそう主張なさってください」  克哉の目に怒りが閃いた。その瞬間、絶好のタイミングで着信音が鳴り出した。弾かれたようにスマホを手に取った克哉は、画面に表示された電話主を見て顔を強張らせた。 「し、しん、いち……様」
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